今年、3勝を上げシングルス通算100勝まであと9と迫ったナダルでしたが、残念ながら怪我のため、先日のマスターズ1000の決勝では敗れてしまいました。


怪我がなければ勝っていたように思え、非常に残念ですが、このナダルとジョコビッチの二人が、



グランドスラム最多獲得、通算シングルス最多勝利数を達成できるのではないか、と思っています。



既にグランドスラム最多獲得は、ナダルが21としましたが、ジョコビッチもまだ健在。


二人で更に更新するのではないでしょうか。




しかし、簡単でないのがシングルス通算勝利数109と言う、とんでもない記録です。



フェデラーが103勝をと迫ってきていますが、現状から、あと6回優勝するのは難しいと思われます。



さて、少し前にマッケンローとレンドルのバックハンドについて書きましたが、今回のテーマも2022年の現在、書ける人が少なくなったと思いテーマとさせて頂きました。



109回もシングルス優勝回数を重ねた、



「ジミー・コナーズ」



とはどんなプレーヤーだったのか、お話していきましょう。




まず、長く109回も優勝すると言うことは、長くプレーヤーとして活躍しなくてはなりません。


(ちなみに、グランドスラムは8勝です)

調べてみると、1972~1996年と言うかなり長い期間であったことが分かりました。


凄いのが、デビュー当時はロッド・レーバー、イリナスターゼ、ケン・ローズウォールと言う伝説レベルの人から、

アガシ、クーリエ、サンプラスの近代までプレーしていたレジェンド達まで戦っていた!。



私はウィンブルドンでローズウォールを、圧倒するのを見ましたし、


全米でアガシにやられるのも見ていました。


両方が世代交代の瞬間だったと感じます。


さて、そのプレースタイルは今ではあり得ない、フォアバックともフラットを中心としていました。


フォアハンドも、


バックハンドもラケットがグリップから立っています。

これが現代ではスピンをかけるためヘットが下がるのが一般的です。





そのため、ボールの高さからインパクトしなくてはならないため、高いボールでは上体を高くして、

低いときは、腰を低くしなければなりませんでした。





高い時は良いのですが、低いときは足腰が疲れそうですね。

コナーズがストロークを打っているイメージは、膝を深く曲げて、腰を低くして打っている印象が強く、


当時、テニススクールでミスをすると、

「腰が高い!」 「膝がまがってない!」

と良く言われたモノでした。


また、フラットは押すような動作になり、スクールでは

「後ろから前に押すように打て」

と、良く言われました。

しかし、フラットを確実に打つためには、この低さが大切になります。


と言うことで、現在のトップスピン、エッグボールに対するには、非常に不向きなフラットですが、


トップスピンがプロテニスに定着したのはビヨン・ボルグ以降、1980年代だったと思います。


それまでは、相手も同じフラット、スライスストロークがメインで、アメリカ人にしてはそれほど身長が高くなく、足も短い(失礼)


これだけ低い姿勢を維持して、ストロークを打ち続ける事が出来たコナーズは強かった!。


1980代の中頃になると、ラケットの進化からサーブが主体のテニスに変わってきて、今度はコナーズの低い姿勢からのフラットはリターンで生きるようになってきた。


トップスピンとのラリーは不利でしたが、相手がサーブからネットを取るプレーヤーを倒すのには、打ってつけだったと思います。


リターンでポイントを重ねていた。


さて、このジミー・コナーズ


私には謎に包まれたプレーヤーの一人です。


これだけの実績を残したにも関わらず、彼に関する本が全くないのです。


アガシの自伝とシャラポワの自伝に、その人隣や、会話した記述がありましたが、


一番記述があったのがこの本。



2018ハーパーコリンズジャパンから発行された

「ボルグとマッケンロー テニスで世界を動かした男達」

に数ページあっただけでした。

コーチは母親と祖母で、自宅にハードコートを作り、縄跳びをトレーニングにいれていた。


ちなみにこの本、あまり有名ではありませんが、昔のレジェンドプレーヤーについて書いてあり、とても楽しく読めました。

 

 


さて、今回はコナーズを紹介しましたが、リアルタイムで見れるプレーヤーはどんなテニスコーチでも紹介することが出来ますが、



昔のレジェンドも出来るのが、私の取り柄ですね。



もし昔のレジェンド、リクエストがありましたらおっしゃってください。



ブログでテーマとさせて頂きます!。