子ども達のお風呂を夫に入れてもらって、私もお風呂に入って、寝室へ。
実は寝るのが一番怖かった。
夢でもし、赤ちゃんが無事な夢とか、幸せな夢を見たらどうしようって。
起きた時に耐えられないと思った。
寝室に入って30分くらいで子ども達は寝て、
私は同じ経験をした人のブログを読み漁ってずっと泣いていた。
私は12wだけど、中には40w超えて死産をした人もいて、本当に本当に辛かった。
私も2人を出産した時、産む直前で子どもが亡くなるなんて考えても見なかった。
今回も、妊娠した時に流産についての心配は常にあったはずなのに、
流産は全体の15%で、特に12週を乗り越えてでの流産は1%っていうのを何かで見てて、
じゃあ12週を超えた私は安心だと思った。
まさかその1%に該当するなんて思ってもなかった。
22週を超えてでの死産、想像を絶する辛さだろうなと思う。
泣きながらブログ漁っている間にいつのまにか寝てしまった。
次に起きた時は、次男の夜泣きだった。
もう3歳なので基本的に夜中はしないんですが、たまに水欲しいと言って起きる時がある。
今回もそんな感じだった。
子ども抱っこしてリビングに行くと、まだみんな起きてた。
テレビ見ながら笑ったりしてて、私は何故かその光景に安心した。
周りを落ち込ませる事になるのは私自身辛かった。
きっと母も妹もそれを分かった上でいつも通りに振る舞おうとしてくれた。
次男が水を飲みに起きて来た事で、
「うるさかったね。ごめんね、もう寝るね」
と母が言い、みんな就寝した。
夫と私と次男と3人で寝室へ行き、次男はそのまますんなり寝てしまった。
夫と2人きりになるのは、心拍停止宣告後初めてだった。
いつのタイミングか忘れたけど、流産後、夫は私に、
「〇〇ちゃん(私)せいじゃないよ」
と、言ってくれていた。
それに対して、
「俺がもっと早く帰ってきて家のことに協力出来てたら…」
って漏らしてたのがずっと気になってたので、私は、
「今回のこと、〇〇くん(夫)のせいでもないからね」
と伝えました。
確かに専門職の夫は平日とか10時に帰ってこれたらいい方で、時期によっては夜中を回る時もある。
土曜日も仕事なので、私はよく周りに愚痴を言っていた。
文字通りのワンオペだった。
で、子供を寝付かせると寝落ちしてしてしまうことも多く、
夫はよく「残りの家事は任せてそのまま寝ててね!」
と言ってくれていたが、実際夜中2時とかに目が覚めてリビングへ行くと、家事は放置でソファーで眠りこける夫がいる、そんな毎日だった。
夫も疲れてるんだとわかるものの、それが相当イライラして、
残りの家事ができないくらい眠いなら帰ってきた時に私を起こしてよ!
と、よく喧嘩になった。
(というか私が一方的に怒ってただけ)
夫はそれを私に負担を掛けていると気にしていたんだと思う。
今回の流産については私は自分をめちゃめちゃに責めたところが大きかった。
まず私は元々甲状腺機能低下症気味ということで、甲状腺のクリニックに半年に一回通っていました。
長男の不妊クリニックに通いはじめたときの血液検査で、甲状腺の数値が人よりちょっと高いから、念のために甲状腺のクリニックの紹介状を書いとくねと言われました。
普通の産婦人科での妊活指導ではきっと引っかからないけど、一応ね、と続けて先生は言っていた。
甲状腺の病院では、確かに若干数値が高いから妊娠を望むならお薬飲みましょうかという感じだった。
でも実際薬はよく飲み忘れて、半年後の検査時に
「つい飲み忘れていました…」
と伝えると、
「飲み忘れててこの数値なら問題ないよ。容量減らして追加で出しとくね」
と、言われて完全に気を抜いていた。
今回妊娠した時も、甲状腺クリニックに予約入れてねという話だったのに、
忙しさにかまけて、いつも予約のことを思い出す時は診察時間外とかで、あーあ、またにしよ。まだ薬あるしってな具合でずるずる12週まで来てしまった。
次男の時は薬を飲まなくても問題なく産めたから余計に…
後期流産の理由のひとつに、甲状腺異常とあって、本当にめちゃくちゃ後悔した。
先生は胎児側の問題と言っていたけど、もし私が甲状腺の病院に行っていたら違う結果だったかもしれない。
そう思うと本当に苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。
こんなずぼらでルーズな私のところには赤ちゃんはもう来てくれないかもしれない…
そんなことばかりがよぎりました。