また、気づいちゃった、
鎌ヶ谷のライフオーガナイザー大石です。
昨日のFacebookに
「ちょっとの勇気、出してみた」
と書いたんだけど、「勇気」って単語
どこかでよく聞いたよな、と思ったのです。
(画像はお借りしています)
家族の問題で自助グループにつながって
AA(アルコール・アノニマス)の12ステップに
出会いました。
アルコール依存症の人が回復していくための
方法をまとめたものです。
その中に
「恐れは勇気に変えていこう
」
って内容があるのですが、なるほどなるほど
じゃあ、やってみよう!
と思って行動してたつもりだったけど、
昨日、「そうか!恐れを勇気に変えるんだ
」
って急に落ちてきました。(あ、矢印は上向きだ)
ヘレン・ケラーがコップの水ではなく
井戸からあふれ出る水に触れたとき
はじめて
「これが水なんだ
」
って
分かったような感覚。
あ~、私、たまに言葉そのものにこだわっちゃう
事があるのでした、そうでした。
ふだんは、アバウトな表現の方が、好きなんです。
きっちり、かっちり表現されると
束縛されるようで、嫌なんです。
で、いつも勝手に自分仕様にアレンジして
解釈してました。
私の勝手なアレンジがぴったり真実と合致すると
今回のような感覚になるんだ、きっと。
で、振り出しに戻って勇気の話。
今までなぜぴったり合致していなかったかというと
そもそもの「恐れ」の部分が合致していなかったんだ。
「こわい」
と感じるのも嫌だから
「無かったこと」
として処理(アレンジ)されてしまうので
今までずーっと
勇気に変える必要もない状態
だったんだ
で、今回なんとなく勇気って書いてから
ん?私、なにかに恐れていたのかしら?
と逆算していったら・・・
あ~、恐れてたんだ
まったく無自覚だけど
そうか、なかったことになってることを
ひとつづつ掘り起こしていかないと
自分の感情に気付けないんだ、私。
めんどくさっ
わざわざ掘り起し作業をするつもりは
(今のところは)ないけど
何か今までと違ったことをしたときには
検証してみる価値は大いにありそうだね。
