夫カンタロウとフレンチランチをしてきた。

ディナーはすっごく高いらしいけど昼間はそこまでではない。

それでも普段2人でよく行く近所のカフェや定食屋に比べると数倍はするので、何かのお祝いやご褒美でないと行けない。今回はお祝い事だった。



カンちゃんと出会う前、フレンチを食べる機会なんて誰かの披露宴くらいなもんだった。それに比べると今は年に2~3回くらいは行くようになったのでありがたいな思う。



今日の店もほぼ予約で満席、だった。見るからに品の良い女性や恰幅の良さそうな男性がたくさんいた。


食事の服装やマナーなどはこれまでカンちゃんに何度も指導されてきたので、幾分まともになったかもしれない。

(それでも今日も「そんなに飾り皿をジロジロ覗き込むもんじゃないよ」と教わった。ピカピカで鏡みたいできれいだと惚れ惚れしていたのは確かだ)



カンちゃんとのゆったりしたランチタイムが流れた。食事もすっごく美味しかった。ふと感じた。

「もしかしたらこれが丁寧な過ごし方なのだろうか?」


知人でたまに「丁寧な暮らしがしたい」「丁寧に生活している」と口にする人がいて、その意味がよく分からない。



だけどこういうゆったりした時間の流れに身を任せて過ごすことを言うのかしらん?


カンちゃんに、

「丁寧な暮らしをしているとか言う知り合いの女がいるんだけど、こんな素敵な店で毎日過ごせるようになるってことなのかな?」

と聞いてみた。



カンタロウはストレートティーをゆったり飲みながら、

「そんなの簡単。普段のショウタと真逆の暮らしが丁寧なんだよ」

と言った。


「ショウタはいつも時間にバタバタ追われていて、あちこち駆けずり回ってるし、1人でぎゃあぎゃあ騒ぎ立ててるじゃん。そういうことをしない生活なんだと思うよ」


何となく自分でも分かっていたこと、だった。



「じゃあ俺は丁寧な暮らしはできないかな?」

「だろうね、丁寧な暮らしじゃなくて『がさつ』な暮らしだと思うよ」



丁寧の対語ががさつなのかは分からないけど、毎日毎日追われ、かけずり、走り、1人騒ぎをしている。

そしてそんな毎日(時にはwithカンタロウ)、決して嫌いではない。



ゆったり心地よい風が吹き抜ける中でストレッチしたり、茶飲みしたり…

そういのはたまにか旅先で、くらいがちょうどよい。



なので引き続き丁寧でない「GA・SA・TSU」な暮らしをしていこうと決めたニコニコ

「丁寧な暮らし」を口にする人はいるだろうけど、がさつ宣言を改まってするのは変かもしれない。



がさつ上等❗️照れ