中学受験
受験への前置き
子どもの数だけ物語がある。
子の発達に、親が寄り添おうと真剣に頑張った子育て期。
自分達にとって、真の王道を常に考え、選択しようとした中学受験物語。
親が思う簡単な子のタイプ
ハムたろ
∶学ぶこと大好き。嫌なことも粘り強く出来る。忍耐力あり。体力もあり。
オールラウンダー型。個人主義。
公文で幼児の頃に小学校課程は終了。
ハムたろへの子育てキーワードは
尖らない子育て
いかにトガらせないか。
トガる部分を丸く丸くして育てました。
幼児期から、発達が早かったハムたろ。与えられたものの処理スピードが早く、良い意味で鈍感(物事をそのまま受け止められる気質等)だったため、いろんなことを試して、常に試行錯誤しながら3歳頃までを過ごすことが出来ました。
幼児期には、規則正しい生活が出来るスタイルが確立して、「寝る・食べる・学ぶ・遊ぶ」に、親が丁寧に時間がさける環境がありました。
夫婦二人で交代しながら子育てができる体制がありました。私は全てを、夫は食べる以外を担当。
処理スピードが早く、物事をそのまま受け止められて、溜め込みの容量がいっぱいにならない(パンクしそうにない)ハムたろ
だったので、どんどん与えたものをこなしていきます。
乳幼児期に不安になりました
このままだと、トンがった人になるんじゃないだろうかと。
今までの見聞や確率で考えた時、極端に尖った人で、いいなと思う人生を過ごしている人は少ない。
もちろん尖ると良いこともたくさんあります。
でも、
ツンと尖ることは幸せなんだろうか
子どもが尖ると、必ず叩いてくる大人や周囲の人がいることを知っています。
尖ると他人や環境が、時として見えなくなることも知っています
ハムたろの気質は、自然に周りに人が集まり、どんどん自分の思いに向かって、突き進んでいける図太さやスキルがあるんじゃないかと思いました。
尖ろうとすれば、丸くして、横に広がりを持たせる、オールラウンダーの姿を常に頭に置いて育てることを心がけました
いま一歩だけれども、社会や周囲に自分を認められて、健康的で意欲的に長く人生を楽しんでいる人は、たくさん見てきました
ノーベル賞やマスコミにとりあげられる等、広く世間的に認知されなくても、その分野の専門家として活躍し、次世代にバトンを繋げている方もたくさん知っています
頭ひとつ抜ける(少し尖る)のは、とても良いと思います

また尖る子育てを見聞すると、親が大抵、一般的ではない生活を選択せざるを得なくなるなるのではと思いました
例えば、ヴァイオリンを高名な先生にご教授いただくため新幹線などで遠くまで通うとか、留学のために海外へ母子で行くとか。
スポーツも、遠征やご教授いただくために親子で日本国中や世界を移動するとか。
既存の学校が合わないため、親が学校を立ち上げたり。付きっきりで教育するとか等々
大変そうだなと思うことも見聞しました。
夫婦で話をするなかで
特別なことは、私達には頑張れないんじゃないかということになりました。
なので
夫婦が離れたりする生活はしない。
家計を過度に圧迫することはしない。
無い袖は振れないが
できる範囲で精一杯頑張る

ということも決めました。
そんなことを考えていたので
ハムたろは、中学受験をした方がいいだろうと思いました。
受験勉強は早くからしなくて良いと思っていました。
それよりも物事の基本的なところに触れて、学びを楽しんでほしいと思いましたので、知育系の塾、講師が知育教材で遊んでくれる塾に行かせました。
カードゲームやボードゲームやパズルや木材の教材、キッズビーなんかも遊びの延長でできます。
子が複数いたので、親が遊びに付き合えるのも限界があり、塾の存在は助かりました。
学習といえば、算数は大いに楽しんで欲しいと思いました。
学習で教科の進度はあまり考えませんでした。◯年生のことが出来るというよりも、教科の枠を越えた学びを小学生ではして欲しいと思いました。
なので、くもんでは中学教材に行かせようとする先生とモメました。
そういう考えだったので、中学受験の塾は高学年からで良いと思っていたのですが、低学年のうちに、ハムたろの学びたい意欲に親が追いつけなくなります
その次のステップに、どうしたら良いのか分からなくなります
ここは自分を褒めたいのですが、分からないながら必死に模索します。入れてもらえる教員の研究会に行き、教材を探したり、教えを請う。発達や成長や教育関係の資格をとったり学ぶ機会があれば参加するなど。
考えられる限りの努力をしますが、付け焼き刃の知識と経験不足により、上手くいかないところもあります。
ママ友間でも戸惑うことがありました。
多くの人は、自分の子を褒めないのです。
私からすると、どの子も保護者が考えて育てており、良いところがたくさんあります。
でも、
「うちの子なんて」と言います
「◯◯も出来ないし、ダメなのよ」と、ダメ出しを子どもの前で言う時もあります。
これは本当に戸惑いました。
互いの子どものいいところを話して、次に繋げる会話がしたいのに、建設的な会話が成り立ちません。
私は、子どもは必ずどの子も良い特性を持っていると思っています。確かに、苦手なこともあるだろうけれど、出来ないところやダメなところを強化するより、良いところを強化して、それをとっかかりにしながら、良いところを増やしていく子育てがしたいと思っています。
なのに、それが出来ないのはどうしてなのか、なかなか理解出来なかったし、ママ友間のコミュニティでどうして良いのか分かりませんでした。
この時期はかなり錯乱しました。納得しないままにいい加減に返事をしたり、同じようにした方がよいのかと思ってやってみたり。
結局、自分は自分のままで良いと、その後に気づき、自分の道を進んでいきます。
そんなこんなで限界を感じ、知育をうたう最大手進学塾に入れることにしました。
きっとプロ講師なら楽しい学びを提供してくれるだろうと。
この時の私の頭には、予備校のトップ講師が浮かんでいました。
今有名なのは、東進の林修先生ですが、予備校トップ講師と言えば、単に勉強を教えてくれるだけではなく、もっと深い学びを、学問の楽しさを教えてくれるイメージがありました。
中学受験もきっとそうなんだろう。
トップ講師は皆そうなんだろう。
そう思って、入塾させました。
ちなみに、私は大学受験も含めて、塾に行った経験はほぼありません。
独学がメインでした。
なので、塾には勘違いしていることもたくさんありました。
教育関係に携わるようになってから、あらら
と恥ずかしく思うこともあります。
塾はそんな感じで過ぎていきます。
ハムタロが4年生の時、ひとつの転機が起こります。
今がどうなのか分からないけれども、私が子どもの頃の公立中学校は、全体の和を乱す子は排除するイメージが強く私にありました。
先生から自分の根底を否定されるパワハラが普通にありました。もちろん素敵な先生もいたのですが、一人でも根本的なところを攻撃してくる先生に出会うことは子どもにとって、とても辛い経験であり、トラウマになってしまうかもしれないほどしんどいことです。
良く出来ても主張する子はダメ。
先生の言うことを聞けない子もダメ。
不良と呼ばれる子達も、コントロール出来ないので学校へ来させない。
一定の枠にハマった、やりやすい子が露骨に好かれる印象が拭えなくて
出来ないより、良く出来て、先生の先回りをする子。良い子すぎる子、いわゆる、鼻につく子は叩かれる印象。
そういったことも考えると、中学受験をした方が、ハムたろにとってはいいんじゃないかとも思いました。
そんなこんなして、世の一般的な中学受験とは、ちょっと違う感覚のまま、4年生を迎えます。
今までのまとめ
