原書で読む世界の名作 258  

「Seize the Day」50 この町に生まれたおれが無知だとは Saul Bellow Penguin Books  

その日をつかめ 訳 宮本陽吉 集英社

  2023 12 20 (Wed)

 この「原書で読む世界の名作」シリーズは 250回を超えた。世界の名作を楽しむ。250回とは、一年は50 週、二週に一回 upすると10年になる(継続)。
(01) 「赤毛のアン」 L・M・モンゴメリ。場面はカナダのプリンス・エドワード島。Anne の成長記録だが、風景描写も素晴らしい。カナダ英語。
(02) 「グレート・ギャツビー」 F・S・フィッツジェラルド。訳は村上春樹。1920年代のジャズの時代。川(時間)の流れのさからって 夢を求めるギャツビー。デイジーは結局、大富豪のトムのもとに帰る。
(03) 「O・ヘンリー短編集」。もろもろの短編。「賢者の贈り物」「最後の一葉」が有名だが、わたしは「都市間通信」がお気に入り。短編で読みやすい。ペーソスと人間愛にあふれる。
(04) 「一九八四」 J.オーウェル。全体主義国家オセアニア(ソ連がモデル)では人々の行動や発言が、部屋の内外で逐一チェックされて、「ビッグ・ブラーザー」を崇拝 する監視社会。ウィンストンとジュリアは監視の網を潜り抜け愛を重ねるが、思想警察に捕まり脳を改造される。同一作家の「動物農場」では、ナポレオン(ブタ)が犬と羊をてなずげて農場のスターリンになる。
(06) 「クリスマス・キャロル」 チャールス・ディケンズ。スクルージー(Scrooge)はケチで守銭奴。クリスマスにイヴに、幽霊に過去、現在、 未来の世界を見せられ改心する。小文字 scrooge で書くと、ケチ・守銭奴の普通名詞になる。題名からは、子供たちはクリスマスイヴに歌を歌いながら家庭をまわり キャンデーをもらう童話かと思っていたが、幽霊の物語なのだ。イギリス英語。
(07) 「その時をつかめ」 ソール・ベロー。ニューヨークのホテルで暮らす白人男性(WASP)の落ちぶれたウィルヘルムの一日を記述した物語。
 
(08) 予定は未定。わたしは82歳。自分が楽しければそれでいい。視力、記憶力、集中力が許せば、「月と6ペンス」モーム、「海辺のカフカ」村上春樹、「あらし」シェークスピア などにも挑戦したい。その体力維持のために日々、ヨガ、太極拳、エアロビックスに励む。
 
 
59 "Just a question," said Wilhelm. "A few minutes ago I signed a power of attorney so Doctor Tamkin could invest for me. You gave me the blanks."
 "Yes, sir, I remember."
 "Now this is what I want to to know," Wilhelm had said. "I'm no lawyer and I only gave the paper a glance. Does this give Doctor Tamkin power of attorney over any any other assets of mine--money, or property?"
60 The rain had dribbled from Whilhelm's deformed, transpaent raincoat; the button of this shirt, which always seemed tiny, were oartly broken, in pearly quarters of the moon, and some of the dark, think golden hairs that grew on his belly stood out. he was shrewed, grey correct (although unshavened) and had little to say except on matters that come to his desk. He must have recognized in Whilhelm a man who reflected long and then made the decision he had rejected twenty separate times. Silvery, cool, level, long-profiled, experienced, indifferent, observant, with unshaven refinement, he scarecely looked at Whilhelm, who trembled with feaful awkwardness. The manager's face, low-colored, long-nostriled, acted as a unit of perception; his eyes merely did their reduced share. Gere was a man like Rusin, who, knew and knew and knew. He, a foreigner, knew; Whilhelm, in the city of his birth, was ignorant.
 
 
 a power of attorney = の代理人として投資できる委任状
 
◆ you geve me the blanks = blank = 書類。書き込み用紙。
 
 correct = きちんとした。
 
 he had rejected twenty separate times = 20回も拒否した。
 
 trembled with feaful awkwardness = バツの悪そうな顔をして震えている
 
 low-colored = 冴えない色.
 

60 「質問が一つだけあります」とウィルヘルムは言った。「ついさっき、タムキン先生がぼくの代理人と して投資できる委任状に署名しました。あなたが用紙をくださいましたね」
 「はい、覚えておりますとも」
 「ところで、伺いたいのはののことです」とウィルヘルムは言った。「わたしは法律がわからなくて、ただ 書類をちらっと見ただけです。あれは、わたしの他の資産、つまり金銭とか所有物について委任状を与えたことに なるのでしょうか?」
 雨がウィルヘルムの型の崩れた透明なレインコートから滴り落ちていた。いつもはとても小さく見えるワイシャツの ボタンは、真珠色に見える月の四分の一にあたる部分がかけていて、腹に生えている黒っぽい、濃い金色の毛が はみ出していた。客についての意見は表に出さないのは支店長の仕事だった。抜け目のない、白髪交じりの、 きちんとした(髭は剃っていなかったが)人物で、自分のデスクに回ってきた仕事のほかにはほとんど口を出さなかった。 長いこと思いめぐらし、20回もあれこれ拒否した後でやっと決心をつけた男の姿をウィルヘルムも中に認めた。 銀髪、冷静、沈着、細長いプロフィル、豊富な経験、無関心、慎重、そして髭を剃っていない洗練を身に着けた 支店長は、すっかりバツの悪そうな顔をして震えているウィルヘルムには目もくれなかった。冴えない色、細長い 鼻孔をもった支店長の顔は、それ自体が一つの感覚器官として動いていた。目は顔の一部として、退化した機能を はたしているに過ぎない。これはルービンのような男で何から何まで心得ている。外国人であるその男が知っていて、 この町に生まれたおれが無知だとは。
 
60 The manager had said, "No, sir, it does not goven him."
 "Only over the funds I deposited with you."
 "Yes, that is right, sir."
 "Thank you, that's what I wanted to find out," Whilhelm had said, grateful."
 
60 支店長は言った。「おおえ、そういう権限は委任しておりませんよ」
 「私がこちらに預けた資金についてだけですね?」
 「ええ、そのとおりでございます」
 「ありがどう、それを確かめておきたかったんです」とウィルヘルムは感謝を込めて言った。
 
60 The answer comforted him. However, the question had no value. None at all. For Whilhelm had no other assets. He had given Tamkin his last money. There wasn't enough of it cover his obligations anayway, and Whilhelm had reckoned that he might as well go bankrup now as next month. "Either broke or rich," was how he had figured, and that formula had encouraged him to make the gamble. Well, nor rich; he did not expect that, but perhaps Tamlin might really show him how to earn what he needed in the mareket. By now, however, he had forgotten his own reckoning and was aware only that he stood to lose his seven hundred dollars to the last cent.
 
 That formulara had encouraged him to make the gamble = その思考方法が彼を賭博に駆り立てていた。
 
◆ formula = 決まり文句。処方箋。解決法。
 
 encourage to = けしかける。仕向ける。励ます。
 
◆ he had forgotten his own reckoning = 自分自身の思惑を忘れてしまって。
 
 reckoning = 予測、判断、見解。思惑。
 
 

60 その答えが、ウィルヘルムの心を慰めた。しかし、その質問はなんの価値もなかった。まったく何も。 ウィルヘルムは他の資産を持っていなかったのだから。最後に残った金をタムキンに渡してしまった。いずれにしろ 自分の責務を果たすだけの金はなかったし、ウィルヘルムは破産するなら今月も来月も同じことだったと 割り切っていた。いや、金持ちにならなくてもいい。そんな期待は持っていなかった。たぶんタムキンは 生活に必要な程度の額を市場で手に入れる方法を実際に教えてくれるかのしれない。しかしながら、今となって みると、自分自身の思惑を忘れてしまって、七百ドルの最後の1セントまで無くしそうだということだけが気に なった。
 
 つづく