テーマ「翻訳修行」

「はじめに」
 ある晴れた日にふとおもう、そうだ、世界の名作を原書で読もう。まずはモントゴメリーの「赤毛のアン」、訳は松本郁子さん。 二作目はフィッジェラルドの「グレート・ギャツビー」、訳は村上春樹さん。 三作目はジョージ・オーウェルの「一九八四」、訳は高橋和久さん。

 

 

 

 

 

原書で読む世界の名作 42 「一九八四」 ジョージ・オーウェル 01   「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」 

 

 

 

1984 by George Owell  訳 高橋和久 早川書房

 
 2019 08 23 (Fri)
 
 
 「一九八四」に入るまえに、ちょっと、二つの蛇足。
 
【動物農場】 
 ジョージ・オーウェルが始めてなら「動物農場」を読んでみるのがいいかもしれない。いくつかの出版社から単行本が出ている。
 動物農場の「ナポレオン」は、一九八四の「ビッグ・ブラザー」を連想させる。
 
【一九八四】
 1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって 分割統治されている。
 現在の英国、米国、オーストラリア、ニュージーランドなどの英語圏は「オセアニア」に属する。ヨーロッパ大陸、ソ連 は「ユーラシア」に、中国などのアジア諸国(おそらく日本も)は「イースタシア」に属する。 さらに、それらの間にある紛争地域(たとえば、インド)をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。 作品の舞台となるオセアニアでは、 思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向 テレビジョン、さらには町なかに仕掛けられたマイクによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されて いる。
 
 オセアニアに属し「ロンドン」に住む主人公「ウィンストン・スミス」は、「真理省」の役人として日々歴史記録の改竄作業を 行っていた。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら 定かではない。
 
 それでは、さっそく、「一九八四」に入ろう。
 
 
 It was a bright cold day in April, and the clocks were striking thirteen. Winston Smith, his chin nuzzled into his breast in an effort to escape the vile wind, slipped quickly through the glass doors of Victory Mansions, though not quickly enough to prevent a swirl of gritty dust from entering along with him.
 
07 四月の晴れた寒い日だった。時計が十三時を打っている。ウィンストン・スミス は不快な風を避けようと顎を胸に埋めるかのようにして、ヴィクトリー・マンションの ガラス製のドアをすばやく通り抜けた。素早くといっても、砂埃が自分について入ってくるのは 防ぎようもない。

 escape the vile wind = 不快な風を防ぐ。 
 vile weather = ひどい天候。
 his chin nuzzled into his breast = 顎を胸に埋める。
 Victory Mansions = ヴィクトリー・マンション。
 though not quickly enough to = 素早くといっても。
 prevent a swirl of gritty dust from entering along with him = 砂埃が自分について入ってくるのは 防ぐ。
 gritty dust = 砂埃。

 
 The hallway smelt of boilled cabbage and old rag mats. At one end of it a coloured poster, too large for indoor display, had been tacked to the wall. It depicted simply an enormous face, more than a meter wide: the face of a man of about forty-five, with a heavy black moustache and ruggedly handsom features. Winston made for the stairs. It was no use trying the lift. Even at the best of times it was seldom working, and at present the electric current was cut off during daylight hours.
 
07 玄関ホールは茹でキャベツとボロボロになった古マットの匂いがした。突き当りの 壁に屋内に展示するには大きすぎる色刷りのポスターが画鋲で留めてある。描かれているのは 横幅が一メートル以上もあろうかという巨大な顔だけ。四十五歳くらいの男の顔で、豊かな 黒い口髭をたくわえ、いかついが整った目鼻立ちをしている。ウィンストンは階段に向かった。 エレベーターを使おうとしても無駄なこと。万時これ以上ないほど順調なときでさえ、 まともに動くことはめったになかったし、まして今は昼間の電力供給が絶たれている。

 at one end of it = 突き当りの壁に。
 depict = represent by a drawing, paintng, or other art form。 描写する。
 more than a meter wide = 横幅が一メートル以上もあろうかという。
 with a heavy black moustache = 豊かな黒い口髭をたくわえ。
 heavy = 豊かな。
 たくわえる = 髭を生やしておく。
 with ruggedly handsom features = いかついが整った目鼻立ちをしている。
 handsom features = 整った目鼻立ち。


 Winston made for the stairs. = 階段に向かった。
 make for the stairs = 階段に向かう。
 even at the best of times it was seldom working = 万時これ以上ないほど順調なときでさえ、まともに動くことはめったになかった。
 during daylight hours = 日中。

 
 It was part of the economy drive in preparation for Hate Week.The flat was seven flights up,and Winston,who was thirty-nine and had a varicose ulcer above his right ankle,went slowly,resting several times on the way.On each landing, opposite the lift-shaft,the poster with the enormous face gazed from the wall.It was one of those pictures which are so contrived that the eyes follow you about when you move.BIG BROTHER IS WATCHING YOU,the caption beneath it ran.
 
 〔憎悪週間〕を前にした節約キャンペーンの一環だった。部屋は七階。三十九歳になり、 右足首の上に静脈瘤性の潰瘍ができているウィンストンは、途中で休み休み、ゆっくり階段を 登った。階段の踊り場では、エレベーターの向かいの壁から巨大なな顔のポスターが見つめて いる。こちらがどう動いてもずっと目が追いかけてくるように描かれた絵の一つだった。 絵の下には「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」というキャプションがついていた。

 Hate Week = 憎悪週間。
 economy drive = 節約キャンペーン。
 part of the economy drive = 節約キャンペーンの一環。
 The flat was seven flights up = 部屋は七階。  flight = 階段。
 landing = 階段の踊り場。
 varicose ulcer = 静脈瘤性の潰瘍。

 pictures which are so contrived that the eyes follow you about when you move = こちらがどう動いてもずっと目が追いかけてくるように描かれた絵。
 so contrive that ... = ... ように描かれた。
 contrive = たくらむ、策動する。〔計画などを上手に〕立てる、企画する。
 follow someone about = (人)の後をついて回る、(人)に付きまとう。
 opposite the lift-shaft = エレベーターの向かいの壁から。
 when you move = こちらがどう動いても。


 初回なので、若干のキーワードの補足:
 ウィンストン・スミス: この物語の主人公。「真理省」に勤務している。
 ビクトリー・マンション:ウインストンの住んでいるマンションの名前。直訳すれば「勝利のマンション」か。実体はぼろぼろのマンション。
 「ビッグ・ブラザー」:マンションの壁のあちこちに「ビッグ・ブラザー」のポスターが貼ってある。
 絵の下には「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」というキャプションがついている。
 「憎悪週間」:「ビッグ・ブラザーの政敵」を憎む儀式。
 
 つづく