第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。


野次(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医
コロンボ警部 殺人課の警部


 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。


17

 銭湯の風呂からあがり、熊楠が豆乳を飲みながら休憩広場で涼んでいたら、夕方のテレビニュース番組「プライド18」が始まった。国際情勢、帝政ロシアの衰退ぶり、ロマノフ家に居候している怪僧ラスプーチンの精力絶倫ぶりと巨根の長さと円周の寸法が公表されていた。レーニンがデモ隊を先導し、警官隊と衝突しまた逮捕された等々、日露戦争の敗戦国の報道はつきない。
 明治政府の汚職事件のもみ消しをにおわせる、談合事件の報道の後、地元和歌山で殺人未遂事件があったと報道された。被害者が探偵社Y&K(代表取締役 野次幸之助 四十歳)の副社長、北川栄吉(三十九歳)であること。現在、和歌山県国立病院にて意識不明の重体。犯人についてはまだ判明せず、捜査を進めているところだという。捜査主任のコロンボ警部が捜査の進展についてインタビューに答えていた。
「いえね、ウチのかみさんがいうには、和歌山というところは、熊野神社があるんだから、ご利益のあるお守りを、親戚の分も含めて五個くらいお土産にもってこいっていうもんですからね、え?あ、これテレビのカメラ、あ、今始まってるの、早くいってよ。おーい、観てるか、今テレビに映ってるぞ。なるべく早くロスへ戻るからね。え?ああ、失礼、捜査の進捗状況でしたね。そう、ええ~、さよう、被害者は後頭部に打撲の跡があり、これが意識不明の原因ですね。頭蓋骨にひびまでは入ってません。そうです。命には別状ないのですが、うわのそらで、なにか、ヨロピクとか、歌をくちづさんでいるようなので、たぶん、たぶんですよ、夢の中に入り込んでるのではと思うのですよ...」

 熊楠は背中に寒気を覚えて、もう一度、風呂に入りなおしながら、大根泥棒の捜査を妨害する何かがあったのかと考えた。野次に連絡して確かめる必要がある。もし捜査妨害だとすれば、犯人山人説は否定され、ほんとうの人間のしわざやな。
「どがいしました、センセ、そない深刻なお顔で」炭焼きのじいさんが湯船にはいりながら、声をかけてきた。
「うん?いやね、ロシアの、あのラスプーチンのチンポの長さと太さはすごいなあ、思っとたんよ」
「ああ、まじない師だか坊さんだか、わからんヒトですよね」
「そうそう、わいのしっている坊主に、高野山の法竜いうのがおるが、チンポは小さいな。使い道がないからね。むかし、よく一緒に風呂入ったことがあったよ。祖チンやな」
「そうですか、しかし、ラスプーチンって何者なんですかね。宮廷で毎晩、十人くらいをイカセテル、いうではないですか。あたしなんか、かみさんより先にイクンデ、いつもおこられてましたよ...」


 野次とコロンボは、北川こと北公の発見された山の斜面の麓にならんで立っていた。驚いたことに、そこは、大根泥棒の被害にあった山だった。大根が盗まれた三角形の斜面からちょうど、十メートル下、つまり、山の斜面と道路とのちょうど境目に、北公は倒れていたわけだ。殺人事件ではないので、白墨の人型の線はなかったが、地面に吸われたどす黒い血の跡が、まだ残っていた。

「いやー以前ね、あたしとカミさんとで、メキシコへ船旅にいったときに、船上で殺人事件がありましてね。鑑識も検視医もいないので、ぜんぶあたしひとりでやりましたよ。幸い犯人を逮捕できましたけど。あれは参りましたね。今度も、明治時代という制約のため、鑑識はいないでしょ、ああ、失礼、まだ北川さんは死んでないですからね。でもね、殺人未遂という状況なので、殺人事件と初動は同じに捜査するんですよ」

 野次はコロンボに、大根泥棒を捜査していたこと(ただし、依頼者については企業秘密だと頑なにあかさなかった)、北公が夕べ、夜の八時頃、スナックにいったらしいことを話した。
 まず、北公がいったと推定されるスナックにあたってみた。

 スナック「ハナミズキ」は、野次たちの宿から歩いて十五分くらいの、建物の背中に森があり、道路を挟んで向かい側に、野菜売り場がある、きわめて辺鄙な場所にあった。それ以外の建物はなく、野原ばかりだった。
 スナックの建物の前に自転車が止められていて、扉が開いたままになり、中からラジオの音声が流れていた。
 中に入ると、薄暗く、鼻歌を歌う女性がひとりいて、カウンターの上に置かれた花瓶に、花を活けていた。女性は入り口に背を向けた形だったので、振り返らずに、まだお店は営業してないことを告げた。
 コロンボが警察のものだというと、女性は振り向いた。年齢はアラサーで、コケティッシュな顔立ちだった。意外にも女性は驚いた顔を見せず、野次とコロンボを交互にみて、声にださず何かというように、小首を傾げた。
 コロンボが今朝の状況を説明し、夕べここに、この男がこなかったかと北公の携帯電話にあった写メの画像をプリントした、カラオケシーンを見せた。
「ああ、このヒト、来てた来てた。この写真と同じ服だった。歌、なれてた感じで、二十曲くらい、歌ってたっけかな。他のお客さんが、たまたま、カラオケやらない常連だったから、けんかにならなくて、よかったよ。よくカラオケでけんかすんだよね。とくにおとしより。聞かされるほうは退屈なんだけどー」
「そうですか、で、何時頃に帰りましたか?」
「お店終わるまでいたよ。そう、花田さんと一緒だったのかな。どうだっけ、電話がなったんで、お店でたとき、どうだったか忘れちゃったな。うーん」
 花田とはだれか訪ねると、常連で、こないだ、大根盗まれたヒトだという。
 野次とコロンボは顔を見合わせた。
 再度、確認すると、同じころに店をでたのは、他にも二人くらいいたらしい。学校の先生をしている二人だという。「テトラ学園」という学校だそうだ。そこの校長と教頭だという。

 「ハナミズキ」を後にして、野次とコロンボは、花田の家へ向かうことにした。

(つづく)