第一部 山人って何?

おもな登場人物:

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住

門前ルイ 劇団「ノワール」の座長

鏡石   佐々木喜善のペンネーム  岩手県遠野出身の新進作家

エキストラ 千葉外房の漁師の男達、別荘番のおばあさん

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。



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「郷土ブログ 鏡石

 なんと、この維新四十年以上もたったこの文明の御世に、山男が存在するといったら、どんなに驚くでしょうか。

 すでに、柳田先生も発表されている、『遠野物語』の元ネタ提供者であるぼくも、ここ岩手では、目撃者多数で、ノート三十冊も書きためたのですから。

『遠野物語』に載せきれない話、それもなまなましい話がまだまだあるのです。

 そして!

 最近、N県やW県で、大根が大量に盗まれたという事件があったのはご存知でしょうか。あれこそ、山男のしわざではないかと、柳田先生をはじめ、有識者たちの意見が沸騰しているところなのです。

 現在、柳田先生は、山人がどんな生活をしていたのか、考証を兼ねて、実験をはじめられています。

 次回は、その実験結果からなまなましいレポートをお届けします。
」




 水平線から日が覗き、港に停泊した船から、いわしやあじを詰めた箱をおろし終わり、男達は地面に腰をおろし、コップ酒を片手に、焚き火に乗せたなべを囲み、たばこを吸いながら、今日の漁の出来高について話し合ったり、明日の天気について予想したり、冗談をいいながら、疲れから回復しようとしていた。
「ところでよ、最近、外房にある別荘地のほうで、妙なうわさがあってよ」ひとりの男がその場にいる連中のひとりひとりの顔をみながら話始めた。
 別荘地といっても、数軒が離れて点在しているだけで、そんなにあるわけではない。まだ海水浴の時期には早いので、まだ人もいない。男の近所のばあさんが、一軒の別荘地に掃除を頼まれていたので、出かけてゆき、ひととおり掃除を終えて、別荘を出る頃には、夕暮れが近かった。
 ばあさんは、山になれているので、その別荘の裏手の山道を、提灯をたよりに歩いていた。となりの別荘までは、歩いて二十分くらいだった。山は日の暮れるのが早く、提灯の照らす道は、年寄りの目にははっきりしない。急いで歩くと危ないので、ゆっくりと歩いていた。山を抜けたところで、孫が迎えにくることになっていたので、とにかく山道から出口へとひたすら歩いていた。
 ちょうど、となりの別荘の建物が遠くにあるのがわかったのは、人のいないはずの窓から、灯りが見えたからだった。なんでこんな時期に、別荘なんかに来ているのかと思いながら、通り過ぎようとしていた。
 ところが、そのとき、ばあさんの歩いている山道の右手、別荘のある方角とは反対のほうに、なにか気配を感じたのだ。というより、けものが歩く音に似た音、いや走る音が、聞こえたのだ。落ち葉を踏む音や下草を掻き分ける音、笹の葉の擦れる音だ。夕闇なので、視覚より聴覚が敏感になる。
 ばあさんは音のしたほうへ、提灯を向けて、何者がいるのか確認しようとした。
 と、樹林の間にきらきらした双眸らしきものが、提灯のあかりに反射していた。青いような金色のような、玉虫色のようなふたつのきらきら?
 狼だんべか?ふくろかいな?まよい蛾?それとも気のせい?
 ふたつのきらきらは、しばらく、じっとしていたが、やがて提灯の照らす範囲からはずれて、後には闇だけが残っていた。
 ふくろうや蛾じゃねぇな。狼じゃ、もっと低い位置に眼があるしね。なんだろうね。きのせいかね、やっぱ?
 しばらくたたずみ、何度か首をかしげながら、やがてばあさんは、歩き始め、ようやく山道の出口の二十メートルばかり手前まで達した。
 と、ふたたび、右手に落ち葉を踏みしめる音や笹を掻き分ける音が、さっきよりも、数が増えて、増殖し、反響した。
 ふたたび音のしたほうへ提灯を向けると。
 金銀パールプレゼント!青や赤や金のきらきらが、六つも見えたのだ。それも六尺とか七尺もありそうな位置からだ。ばあさんのいるところから山がゆるやかな斜面になっているので、よけいに高い位置、一丈はありそうだ。大きな怪物の眼だ。それも三匹も。鬼だ。きっと鬼にちがいねぇ。むかしばばがいってた山姥だ!おもわず、ヒッ!と声にならない声を上げている自分に気づき、声だしたら殺されると思い、口を手でふさいだ。提灯持つ手が震えて、灯りを照らす範囲がゆれた。
 そのとき。
「かぁー」という大きな声が山の斜面の、三つのきらきらよりももっと上の方から聞こえた。と同時に大きな灯りというのか、たぶん、ヒトダマだろうものがまたたき、ふっと、消えたのだ。
 ばあさんは、提灯をとり落とし、腰が抜けてしまい、じべたに座り込んでしまった。眼をつむって、手で顔をおおった。
 どのくらいそうしていたろうか。
 肩にやさしく触れる手を感じた。
 おそるおそる眼をあけると、外人の女が立っていた。背が高く、髪が長く色の白い外人さんの女の人が、「大丈夫ですか。この近くの別荘のものですけど」と外人のくせに日本語の上手なひとだった。
 ばあさんは、ふるえながら、ひたすら大丈夫、大丈夫といいながら、提灯を受け取り、心配な様子でたっている外人の女のヒトに礼をいいながら、孫の待つ山のふもとへ、ようやくたどり着くことができたのだった。


(つづく)