第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。


野次(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医
コロンボ警部 殺人課の警部

花田幸吉   農民 大根泥棒の被害者
花田きく   花田幸吉の妻

植下一之介  「テトラ学園」校長
谷山敬二   「テトラ学園」教頭
綾小路聡子  「テトラ学園」教師

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。


19

 野次とコロンボは花田の家の縁側に座って、羊羹とお茶で歓待されながら、その家の主人にして大根泥棒の被害者であり、夕べ最後に北公に会っている、花田幸吉の話を聞いていた。傍らには、花田の妻、きくがいつものように控え、笑顔で夫の失言を聞き流していた。

「そうすると、夕べはハナミズキの閉店まで、北川さんが歌っているのを見たというわけですね」コロンボはお茶をすすりながら確認した。
「そうそう、あのヒト、歌いなれていたね。Aちゃんの曲ばかり歌ってね。マイクも、ハナミズキのママにいって、物置からスタンドもってきてもらったりしてたよ。いやー、酒飲めないのに、ああいうところ好きなんだね。マイクスタンドを倒しながら、Aちゃんの真似うまかったね。白のスーツなんてよくもってるよね。堅気じゃないのかと思ったら。元獣医なんだってね。何匹も馬が死んだ年があって、やんなって、辞めちゃったんだっていってたなあ。いいヒトなんだな、あのヒト。気の毒だよね、今病院だもんね。大丈夫なの、ああ、そうなの...」
「花田さん、お店が引けてから北川さんとどこかへ行きました?」葉巻の先頭をみていた視線を、一瞬だけ花田へ走らせ、頭をかきながらコロンボは尋ねた。野次も緊張しながら、花田の返事を待った。ここが肝だからだ。
「店でるときはね、えーと、そうママに電話がかかってきて、俺らがでるのも気づかなかったんじゃないかな。それで、テトラの校長たちも一緒に店でてから、店の前で別れたんだな。あの白スーツのヒト、北川さん、あのヒトとは宿の方向と俺んちが途中まで一緒だったんで、しばらく歩いたかな。あそうそう、自転車乗ってきたんで、途中で気が付いて、ハナミズキへ自転車とりにもどったんだよ。思いだした、思い出した。なあ、自転車でおれ、帰ってきたよな」花田はきくのほうへ同意を求めた。
 きくは笑顔のままうなづき、「ええ、でもまた、今朝自転車でどこかへおでかけしたのかしらね...」
 妻のするどい視線を浴びて花田は、一瞬ひるんだ表情をみせた。
「その自転車は今、どちらにありますか」コロンボがのんびりした口調で尋ねた。
「ええと...ああそう、今朝さ、ハナミズキにセカンドバッグを忘れたの思い出して、ママに電話して、とりにいったんだけど、店ついたらさ、パンクしてチェーンがはずれちゃって、ハナミズキに置いてきちゃったなあ...」
「あーそういえば、お店の前に自転車が一台ありましたね、あれオタクのですか」コロンボが手を打ちながら、突然、大きな声を出した。花田ときくは少し動揺した様子だった。野次はメモをとりながら、花田の様子に怪しさを覚えた。
 しかし、コロンボはあっさり、また、何かあったらおじゃまします。今日のところはここまででといって、野次を促し、花田家を辞した。
 庭には放し飼いの鶏が三羽、ちょこまかと歩いていた。

 野次はコロンボに花田が怪しいのでは、という感想を伝えた。コロンボは葉巻を咥えたまま、眉間にしわを寄せ、腕組みしながら、野次の顔をにらみつけるようにして言った。
「絶対に、花田に、こっちが怪しんでいることを悟られなさんな。何かあるのは見え見えの、安っぽいミステリードラマみたいな事件かもしれないけどね。あいつ(花田)は絶対に怪しいよ。それは明白だ。その他にも、ハナミズキのママと花田の関係も怪しいし、花田の妻はそれを感ずいてる節があるよ。この間、アンタ達が大根泥棒の聞き込みに行ったときも、花田は不在で新地に行ってたといったね。あのときのハナミズキのママがどこにいたかも、調べる必要があるな。あ、でもこれは、本筋ではないかもしれないがね。あの美人の奥さんのためにも、われわれは人肌ぬいでやるのも、悪くないだろう?」
 やぶにらみのコロンボに、ウィンクされ、野次はちょっとひるんだが、笑顔でうなずき返した。
 コロンボのおんぼろプジョーに乗り込むと、つぎは「テトラ学園」にふたりは向かうことにした。


 テトラ学園は、大根泥棒の現場から、ひとつ山を越えた別の山の麓にあった。広大なグランドで、野球の練習をしている生徒達がいた。初夏の訪れの爽やかな季節に、野球場から離れたテニスコートでは、女子生徒達が、かけ声をかけながら、ランニングしていた。
 学園の周囲を、おんぼろプジョーで一周してから、学園裏手に車を止めて、ふたりは校門のほうへ歩いていった。
 校門は二本の大理石の柱と柱を渡す看板とで、野次達を迎えた。大理石の柱には、正四面体の印があった。一見プラミッドに間違えそうだが、コロンボのいうには、ピラミッドは底面が四角形だが、正四面体は底面が三角形なのだそうだ。だから、エジプトとは関係ないこと、正四面体のことを英語で、
        
       Tetrahedron

といい、この学園の名前の「テトラ」と関連があるのだろうといった。
 野次はコロンボの説明を聞きながら、三角形と大根窃盗の現場の関係を連想したが、そのときは、自分の胸の内にしまい、コロンボには伝えなかった。レコーダーを使うとコロンボにバレバレなので、慣れない手書きメモで、判読可能すれすれのこきたない文字で、メモをいっぱいにした。

 校長室で、野次達は、校長の植下と教頭の谷山に面会した。四人はソファに座って、夕べのハナミズキのことを聞いた。もっぱら谷山が話しをし、ほぼ、花田の話との食い違いはなかった。その間、植下はうなづきながら、谷山の話を補足したりした。
 ひととおり事情聴取が終わり、学園についての話を聞いたら、この学園の創立者は、「美元財団」の会長でもある、坂丘太郎という芸術愛好家だということだった。テトラは、コロンボの推測どおり、正四面体の頭文字をとったそうだ。プラトンの正多面体の話を、校長が始めた。学園の哲学は、プラトンのイデアをもとにしているという話だった。
 校長の話が絶頂になった頃、校長室に、テニスウェアを着て、すらりとした美脚もあらわな女性が入ってきた。歳の頃はアラサー前半くらい。教頭の紹介によると、音楽教師をしている綾小路先生だった。教頭はややあわてた感じで、野次達が警察関係のヒトで、例の北公の事件について事情を聞きにきたことを伝えた。
 綾小路は、笑いながら、また校長たちは、ハナミズキにいってたんですかとからかうような口調でいった。校長は、君もたまにはつきあいたまえよ、夜が忙しそうだが、交流もかねてだね...
「でも花田さんといつも一緒のようですよね。私、あの花田さんって、苦手なんですよ。いつかのテニス部の県大会優勝の祝賀パーティーのときも、しつこく言い寄ってきて。奥さんがいらっしゃるのに...」

 宿に戻ってから、コロンボと野次は、校長たちと花田のつながりについても、何かありそうだと、その日の聞き取りについてまとめていた。
 宿の窓の外には、夕闇が迫っていた。

(つづく)