第一部 山人って何?

おもな登場人物:

柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住

門前ルイ  劇団「ノワール」の座長
花岡千賀子 劇団「ノワール」の研究生、

白崎泰造 カメラマン 

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。



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 それにしても、あのおばあさん、わたしの顔をまるでなにかめずらしいものでもみるような眼で、しきりにサンキュう、サンキュうっていいながら山をおりていったっけ。門前ルイは昨夜の出来事を回想していた。
 男優というのか、山人役の三人が、柳田?-----マスク、帽子、サングラスのいでたちをくずさず、食事のときもそれらをはずさないで、顔を隠していた。しかも、初日以降、すでに二日たった今日まで、ついに、食事すらルイたちとはとらずに、馬車の中で寝起きするようになったのだ----の提案で、麻の布切れを集めたものを身にまとい、はだしになり、おまけに色のついたコンタクトレンズで、眼球の色まで変えて、演技?というのか、実験というのか、なんとも言いようのない、活動をしている。それを、白崎カメラマンが撮影する。
 「カーット」と柳田が大声をだした瞬間にあのあばあさんが、腰を抜かして、地面に座り込んでしまったのだ。ルイがおばあさんを介抱して戻ると、柳田は邪魔が入ったからとぶつぶつ言いながら、撮りなおしをした。男優達(ふたりはルイの劇団員、あとのひとりは「ふたこ座」の美術なので、演技はできないが、白崎言うには、AV女優と同じ、演技できないからAVやってるわけで、今度のも、山人なんてだれも知らない未知のものだから、演技できないヒトがやっても問題ないということだった)は、闇の中、山ををはだしで歩かされた。

 「遠野物語拾遺」や「遠野物語」には、山人についてのインタビューがいくつか載っている。大きな男達だとか、眼の色が違っていたとか(青とか赤とか金色など)、ぼろぼろの着物というのか、布をまとっていたとか、いくつかの証言がある。ルイはそういう証言を読みながら、山人を想像してみた。山人というのは、もしかすると、外国から日本に渡来した宣教師かなにかなのではないか、と。つまり、外国人であって、柳田のいうような古来から日本に棲むネイティブジャパニーズではないのではないか、と。そもそも、日本人というのか、アジア人、南方系の黄色人種は、身長は低いのだ。身長が高い人種は、北欧系なのだ。だから、もしかすると、ロシア系のとおい祖先が、北海道から南下してきたのかもしれない。そういう説も考えられるだろう。

 「ふたこ座」のふたりは、美術というので、山の中の樹上に、大きな鳥の巣のようなもの、たぶん、プテラノドンの雛が寝るような寝床をこしらえたり、山の斜面に横穴を掘らされ、洞窟のような場所をつくらされたりして、山を上り下りさせられ、体重がわずか三日で減少してしまった印象がある。「ノワール」の劇団員ふたりと、「ふたご座」の三人は海岸に近いところにテントをはって、寝泊りしていたが、美術のふたりのいびきがうるさいらしかった。それほど、美術のふたりは酷使され、柳田?監督は妥協と容赦をしない、官のお役人だったのだ。勿論、のこりの三人の男優たちも、ホームレスの悪臭以上の強烈な悪臭を漂わせて、山の中を汗みどろになり、鶏肉のささみを生でかじらされては、吐いたりしいた。しかも、はだしなのだから、いくらまむしがでないとはいえ、初夏のこの季節の山には、無数の虫がいるから危険なのだが。さいわい、ルイの別荘の裏手の山は、砂地の多い、あまり、湿ったところが少なく、せいぜい、カラマツと落ち葉と笹があるだけの、比較的さっぱりした土地だった。柳田だけが、土地に不満があり、もっと、苔とか粘菌とか、じめじめとした土地を望んでいたようだ。三人の男優はそんなところをはだしで走らされることを想像しては、ゾッとした様子だった。ルイ自身、三人が気の毒な気がしたが、柳田の本格志向については、評価していた。そうだ、本格を目指すこと、これからの劇団の目標にもしようか。

 お嬢様育ちの花岡千賀子を連れてきたのは、千賀子の好きな男、つまり、カレシが「ノワール」の劇団員、石井慎太朗だからだ。石井は「ノワール」の看板男優でもあり、長身で顔立ちは、ジャニーズ系のイケメン。千賀子は、演技ができないので、研究生という名目で、劇団においている。親が財閥なので、つまりは、「ノワール」の強力スポンサーなのだ。千賀子自身は、舞台にでることを拒否しているが、他の劇団員の女優が、石井にチョッカイをださないように、自らがお目付けとして、練習のときも、舞台が興行されるときも、石井の近くにいる。石井本人は、北海道出身の素朴、純朴で、女も知らないような、まだ、二十二歳の坊やで、ルーキーなのだ。
 今度の話があったときにも、千賀子は当然ながら付いてきて、休憩には石井にタオルを持っていったり、絞りたてのオレンジジュースやら麦茶やらを出してやったりしている。二日めには、千賀子の家のばあやが来て、まかないまではじめた。千賀子自身が料理ができないから、初日はルイがほとんどひとりで、九人分の夕食を作らなくてはならなかった。千賀子は石井が、座長であるルイの手伝いのために厨房にきたので、しかなく、石井を手伝っている様子だった。初日で、疲れたのか、実家からばあやにきてもらい、九人分の食事をまかうよう命じた。
 白崎はルイに、あの二人、千賀子と石井を、AVに出てもらえないかと、こっそり聞いてきたが、きっぱりと断った。石井自身は看板男優だし、いっぽうの千賀子は、スポンサーであり名のある財閥の娘であり、AVに出演するわけがないではないか。ルイは白崎の顔を見ながら、このAVマシーンは、カメラさえあれば、すぐにAVを撮り始めるという技に、むしろ尊敬する抱けるような気がした。

 とにかくも、三日間の撮影が終わり、無事に解散となった。
 ルイは、柳田がほんとうに本人なのか、気になったので、ひそかに探偵社に連絡をとって、最終日に柳田を尾行するよう依頼しておいた。別に柳田本人でなくてもいいのだが、気になりだすと、とことん、探りたくなるラテンの血がまた、騒ぐのであった。
 初夏の海はおだやかな、午後の外房の砂浜に立って、ルイは新たな構想を立て始めていた。

(つづく)