第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。


野次(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医
コロンボ警部 殺人課の警部

花田幸吉   農民 大根泥棒の被害者
花田きく   花田幸吉の妻

植下一之介  「テトラ学園」校長
谷山敬二   「テトラ学園」教頭
綾小路聡子  「テトラ学園」教師

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。

21


 下弦の月が見えていた。夜は明るさはなく、花田家の窓の灯りのほうが、月あかりよりも明るかった。野次は双眼鏡を覗きながら、花田が家から出るのを待っていた。夜の闇に溶け込むような黒装束で、花田家の正面に位置する小高い岩にへばりついていた。宿で作ってもらったおにぎりを三つ、笹の葉に包み、水筒には麦茶を入れ、ipodから流れる北公の好きなAちゃんの曲を聴いていた。まわりは、ふくろうの声くらいしか聞こえないほど静かな夜だった。

 Aちゃんの 曲、十曲を二回ほど繰り返し聴いた頃、花田が家から出てきた。携帯電話を耳にあてながら、つまりは、誰かと電話で話しをしながら、庭から道路へと歩いていた。双眼鏡の中の花田の様子には、怪しげなところはなかった。
 野次は花田の姿を双眼鏡でとらえることができる距離を保ちながら、少しずつ移動した。忍者の極意だ。相手に対する距離を自在に保つことができる。ショート、ミドル、ロングのいずれかの距離からでも、相手を尾行できる。相手に気づかれずに、人ごみのような場所では、ショートな距離、たとえば、相手の背中まで近づくこともできる。今回のような過疎地では、ロングな距離をとらざるを得ない。
 山の斜面を移動しながら、野次が花田を尾行してゆくと、やがて「ハナミズキ」に到着した。店の扉を開けて、中の光が外に漏れ、花田は店へと吸い込まれた。野次は、コロンボに連絡し、花田が「ハナミズキ」に入ったことを伝えた。コロンボは宿で待機していた。
 店に入るには、変装してゆかねばならないが、こうした土地ではよそ者は目立ってしまう。店の中に入ることができないので、野次は仕方なく、おにぎりを食べながら、花田を見張ることにした。ふたつめのおにぎりを食べているときに、二人連れの男が店に近づいた。テトラ学園の校長、教頭だった。二人は店に入っていった。野次はコロンボに報告した。
  その夜は、店が閉店するより前に、つまりは野次が見張りはじめて、二時間ほどで、花田、校長、教頭の三人が店からでてきて、店の前で別れた。花田を尾行すると、その日はまっすぐに自宅へ帰るのだった。コロンボへ報告し、野次とコロンボはハナミズキで合流することにした。

 
 「いらっしゃい、あれ、昨日の刑事さんたち」ハナミズキのママは、野次とコロンボが店に入ると、もの珍しい顔をしただけで、あわてた様子はなかた。店には常連らしい老人が三人、音程のはずれた歌をがなりたてていた。テレビには人力車が映り、演歌の曲とテロップが流れていた。無法松の一生だ。
 「こんにちは、ちょっと、喉がかわきましてね。いやー、刑事の仕事なんて、因果な商売ですよ。ビールでもいただきますか」コロンボは葉巻に火をつけながら、カウンターの席に野次とならんで座った。おしぼりを受け取りながら、店内の様子をうかがうふりをしてコロンボは、今日は、花田やテトラ学園の校長たちがきてないのかどうか、聞いた。ママはきてたけれど、いつもより短い時間だけ飲んで、帰ったと告げた。
「ところで、先日、花田さんところで、大根が何十本か盗まれましたよね」コロンボはビールをひと口飲みながら、切り出した。老人たちのオーダーをとりながら、ママは答えた。「そうそう、あれは、花田さん大変みたいだったよ。官憲から事情きかれたり、軍の憲兵に呼び出されたり、忙しかったみたい」
「軍にも呼ばれてたんですね。いやー、確かに、大変ですね。あの大根畑でとれたもののいくつかは、軍にも卸されてたんですね。ところで、大根が盗まれた日の前後、ママさんはどちらか、お出かけしてました。いえね、お店がお休みだったそうで」
「ああ、あの日はね、熊野までお参りにいって、帰りがけに温泉宿に泊まったんだっけ。そうそう、昔の友達とね、のんびり旅してたの」
「そうですか、いえね、ウチのカミさんがね、熊野のお守りを買ってこいっていうもので、あたしも熊野までゆかなくっちゃ。そうですか、温泉もあるんですね。いやー、あたしもこの事件が解決したらのんびり旅行しようかな」葉巻の煙に包まれたコロンボの表情は、野次からは見えなかった。
 ハナミズキのママは、カラオケを歌う老人達にアイスボックスと水を運びながら、事件が早く解決するといいねと言っていた。素振りには動揺した様子もなく、何かを隠している感じではなかった。
 コロンボと野次はハナミズキを出た。
 下弦の月あかりの帰り道、まだ初夏の始まりの中、ふたりは黙って、お互いの思考の中に閉じこもっていた。

(つづく)