第一部 山人って何?
おもな登場人物:
柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住
門前ルイ 劇団「ノワール」の座長
謎のY氏 山人の実験映画の監督を務めた
この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。
22
「門前ルイ様
この度は弊社へのご依頼ありがとうございました。
ご依頼のY氏(と思われる人物)の追跡調査の結果をご報告申し上げます。
調査開始日 1911年5月20日
調査完了日 1911年5月21日
ご報告日 1911年5月22日
追跡経緯 以下Y氏の行動
1911年5月20日 外房の門前家別荘より馬車に乗車
同日 千葉県千葉駅にて馬車を降車
同日 汽車にて東京駅まで移動
同日 東京駅丸の内口にてロールスロイスがY氏を迎えた
待ち人は当自動車の運転手一名のみ。同乗者はなし。
同日 かのロールスロイスは、丸の内から皇居堀を通過し、
神楽坂本多通りにて、Y氏を下ろす。
Y氏、徒歩にて神楽坂○○○番地の料亭「いこい」に入る
...」
門前ルイは、自宅で紅茶を飲みながら、京橋「カフェ・プランタン」のアップルパイの味を楽しみ、Y氏こと、サングラス、マスク、帽子に身を隠していた、自称柳田についての、甲賀流なんでも探偵社からの報告書を読んでいた。
Y氏が料亭「いこい」に入ったのは、撮影が終了した日の夜十時頃だ。甲賀流なんでも探偵社の調査員は、料亭を双眼鏡で見張れる、二十メートルほど離れた三階建てのビルの屋上で張り込みをした。別の調査員は、料亭の裏口を見張った。えてして、秘密を守るため、料亭というのは、玄関口から入り、裏口に車を用意して去ってゆくのが常套の、政治家などがよく利用する隠れ家だ。
双眼鏡から中庭に面した、Y氏のいる座敷を見張っていること、十数分、なんと、柳田國男氏なる人物が、料亭の玄関から入ってゆくではないか。おもわず双眼鏡を取り落としそうになった調査員は、しかし気を取り直し、職務を忠実に遂行したと、報告書には強調されていた。おそらく、取り落としそうだったのは、たばこであろうと、ルイは報告の行間を読み取った。
くだんの座敷に、やはり柳田氏が入っていった。障子があいた瞬間に、座敷の中が垣間見え、Y氏がひとり冷酒を飲んでいる姿があった。柳田氏が入ってゆくと、Y氏は落ち着いた様子で、しかし、サングラス、帽子は室内にもかかわらず、そのままで、マスクだけをはずしていた。マスクの下には、濃い目の、どちらかというと無精っぽい、口ひげがあった。
調査員はここだ!とばかりにシャッターを切った。一枚目の写真に、口ひげのY氏が写っていた。
料亭の女将がしんがりで、座敷に入り、障子は女将の手により、ふたたび閉じられ、中の様子は分からなかった。
障子が閉じられてから、数分後、女将により障子が開けられ、三つ指をついて挨拶すると、女将は渡り廊下を走り隊ほどではないが、小走りで厨房のほうへ消えていった。障子が開いたとき、Y氏は帽子だけをはずしていた。すかさず、調査員はカメラのシャッターを切った。二枚目の写真だ。ダグラス・フェアバンクスに似ているとルイは思った。
十数分後、女将と料理を運ぶ仲居二名が、渡り廊下に姿を現し、Y氏と柳田氏の会見場所へと入っていった。障子が開いたとき、はたして、Y氏はまだサングラスをしていた。
結局、料亭を二人が別々に出て行ったのは、裏口からで、ロールスロイスに迎えられたY氏と、人力車に乗った柳田とは、それぞれ別々の方向へ去っていった。
Y氏の乗ったロールスロイスは、料亭を後にし、東京の北の方向へ進み、閑静な住宅街へと入っていった。住宅街の真ん中ほどにある広大な屋敷で、ロールスロイスは停車し、Y氏は降りた。帽子もマスクもはずし、サングラスだけのY氏は、屋敷の裏口へ廻り、裏木戸を開け、屋敷の中へと吸い込まれていった。
Y氏が屋敷へ入ってから二時間経過したが、屋敷の窓という窓の明かりがすべて消灯し、下弦の月明かりと漂う空の雲が覆う地上で、調査員は本部へ連絡し、どうやらY氏はその屋敷に関係する人物ではないかと報告した。
屋敷の門柱にかけられた木製の表札には、墨の草書体で「坂丘」とあった。
翌朝、八時にロールスロイスが表門に停車し、サングラスにスーツ姿のY氏が屋敷から車に乗り込み、銀座へ向かっていったのだ。銀座のビルの一角に、Y氏は入っていった。Y氏を迎えたスーツ姿の男女は、ビルの五階へと入っていった。ビル一階の居住看板から、三階に入居しているのは「美元財団」だとわかった。三階の全フロアを借りきっていた。
役場で調査した結果、Y氏が居住する屋敷の世帯主の名前は、「坂丘太郎」だとわかった。つまり、Y氏はO氏ならぬ、「坂丘太郎」本人であることが判明した次第だった。
紅茶茶碗を置くと、ルイはimacで「坂丘太郎」を検索し、美元財団についてのWikipediaの記事を読んだ。しかし、記事の内容のほとんどは、まだ、編集中で、注記にはまだ信憑性のかける内容だとあった。坂丘の年齢などについても不明らしい。つまり、謎の人物として、柳田とのつながりもよくわからない状態だ。ルイの前に謎が横たわり、どうにかして、そのドラゴンのような謎をスレイドしたかった。ラテン剣士ルイは、アップルパイの酸味を帯びたりんごの香りの余韻を楽しみながら、構想を練った。
二階の窓の外では、五月から六月へ変わる前のやや湿り気のある風が吹いているのだった。
(つづく)
おもな登場人物:
柳田國男 民俗学の創始者(ブロガ) 東京に在住
門前ルイ 劇団「ノワール」の座長
謎のY氏 山人の実験映画の監督を務めた
この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。
22
「門前ルイ様
この度は弊社へのご依頼ありがとうございました。
ご依頼のY氏(と思われる人物)の追跡調査の結果をご報告申し上げます。
調査開始日 1911年5月20日
調査完了日 1911年5月21日
ご報告日 1911年5月22日
追跡経緯 以下Y氏の行動
1911年5月20日 外房の門前家別荘より馬車に乗車
同日 千葉県千葉駅にて馬車を降車
同日 汽車にて東京駅まで移動
同日 東京駅丸の内口にてロールスロイスがY氏を迎えた
待ち人は当自動車の運転手一名のみ。同乗者はなし。
同日 かのロールスロイスは、丸の内から皇居堀を通過し、
神楽坂本多通りにて、Y氏を下ろす。
Y氏、徒歩にて神楽坂○○○番地の料亭「いこい」に入る
...」
門前ルイは、自宅で紅茶を飲みながら、京橋「カフェ・プランタン」のアップルパイの味を楽しみ、Y氏こと、サングラス、マスク、帽子に身を隠していた、自称柳田についての、甲賀流なんでも探偵社からの報告書を読んでいた。
Y氏が料亭「いこい」に入ったのは、撮影が終了した日の夜十時頃だ。甲賀流なんでも探偵社の調査員は、料亭を双眼鏡で見張れる、二十メートルほど離れた三階建てのビルの屋上で張り込みをした。別の調査員は、料亭の裏口を見張った。えてして、秘密を守るため、料亭というのは、玄関口から入り、裏口に車を用意して去ってゆくのが常套の、政治家などがよく利用する隠れ家だ。
双眼鏡から中庭に面した、Y氏のいる座敷を見張っていること、十数分、なんと、柳田國男氏なる人物が、料亭の玄関から入ってゆくではないか。おもわず双眼鏡を取り落としそうになった調査員は、しかし気を取り直し、職務を忠実に遂行したと、報告書には強調されていた。おそらく、取り落としそうだったのは、たばこであろうと、ルイは報告の行間を読み取った。
くだんの座敷に、やはり柳田氏が入っていった。障子があいた瞬間に、座敷の中が垣間見え、Y氏がひとり冷酒を飲んでいる姿があった。柳田氏が入ってゆくと、Y氏は落ち着いた様子で、しかし、サングラス、帽子は室内にもかかわらず、そのままで、マスクだけをはずしていた。マスクの下には、濃い目の、どちらかというと無精っぽい、口ひげがあった。
調査員はここだ!とばかりにシャッターを切った。一枚目の写真に、口ひげのY氏が写っていた。
料亭の女将がしんがりで、座敷に入り、障子は女将の手により、ふたたび閉じられ、中の様子は分からなかった。
障子が閉じられてから、数分後、女将により障子が開けられ、三つ指をついて挨拶すると、女将は渡り廊下を走り隊ほどではないが、小走りで厨房のほうへ消えていった。障子が開いたとき、Y氏は帽子だけをはずしていた。すかさず、調査員はカメラのシャッターを切った。二枚目の写真だ。ダグラス・フェアバンクスに似ているとルイは思った。
十数分後、女将と料理を運ぶ仲居二名が、渡り廊下に姿を現し、Y氏と柳田氏の会見場所へと入っていった。障子が開いたとき、はたして、Y氏はまだサングラスをしていた。
結局、料亭を二人が別々に出て行ったのは、裏口からで、ロールスロイスに迎えられたY氏と、人力車に乗った柳田とは、それぞれ別々の方向へ去っていった。
Y氏の乗ったロールスロイスは、料亭を後にし、東京の北の方向へ進み、閑静な住宅街へと入っていった。住宅街の真ん中ほどにある広大な屋敷で、ロールスロイスは停車し、Y氏は降りた。帽子もマスクもはずし、サングラスだけのY氏は、屋敷の裏口へ廻り、裏木戸を開け、屋敷の中へと吸い込まれていった。
Y氏が屋敷へ入ってから二時間経過したが、屋敷の窓という窓の明かりがすべて消灯し、下弦の月明かりと漂う空の雲が覆う地上で、調査員は本部へ連絡し、どうやらY氏はその屋敷に関係する人物ではないかと報告した。
屋敷の門柱にかけられた木製の表札には、墨の草書体で「坂丘」とあった。
翌朝、八時にロールスロイスが表門に停車し、サングラスにスーツ姿のY氏が屋敷から車に乗り込み、銀座へ向かっていったのだ。銀座のビルの一角に、Y氏は入っていった。Y氏を迎えたスーツ姿の男女は、ビルの五階へと入っていった。ビル一階の居住看板から、三階に入居しているのは「美元財団」だとわかった。三階の全フロアを借りきっていた。
役場で調査した結果、Y氏が居住する屋敷の世帯主の名前は、「坂丘太郎」だとわかった。つまり、Y氏はO氏ならぬ、「坂丘太郎」本人であることが判明した次第だった。
紅茶茶碗を置くと、ルイはimacで「坂丘太郎」を検索し、美元財団についてのWikipediaの記事を読んだ。しかし、記事の内容のほとんどは、まだ、編集中で、注記にはまだ信憑性のかける内容だとあった。坂丘の年齢などについても不明らしい。つまり、謎の人物として、柳田とのつながりもよくわからない状態だ。ルイの前に謎が横たわり、どうにかして、そのドラゴンのような謎をスレイドしたかった。ラテン剣士ルイは、アップルパイの酸味を帯びたりんごの香りの余韻を楽しみながら、構想を練った。
二階の窓の外では、五月から六月へ変わる前のやや湿り気のある風が吹いているのだった。
(つづく)