第一部 山人って何?

おもな登場人物:
南方熊楠 南方曼荼羅リゾームの創造者、在野の博物学者 
     和歌山県でツイートしている。


野地(やじ) 探偵社Y&KのY 私立探偵(伊賀忍者の末裔)コンビで「やじきた」
北川     探偵社Y&KのK 探偵助手 元獣医
コロンボ警部 殺人課の警部

花田幸吉   農民 大根泥棒の被害者
花田きく   花田幸吉の妻

植下一之介  「テトラ学園」校長
谷山敬二   「テトラ学園」教頭
綾小路聡子  「テトラ学園」教師

吉行サキ   スナック「ハナミズキ」のママ
柴山京子    サキの友人

 この小説の登場人物は実在した人物の名前と同じ名前を持っています。ただし、この小説の中の出来事やブログ、ツイッタをはじめとするすべてのことはフィクションです。
※登場人物の何人かは架空の人物です。

23

 これまでの事件について野次とコロンボは検討につぐ検討で、錯綜とした状況からいか
にして逃れるか、あるいは早期に解決していかにロスに帰るか、または依頼人である南方
熊楠氏へ報告するか、が二人にとってのそれぞれの目標となっている。

 葉巻の煙が充満する宿屋の部屋で、野次は窓を空けながら、遠くに浮かぶ
山々の稜線を眺めた。北川の容態はあまり変わらないらしい。うわ言がなくなったが、
ひたすら眠っているということだ。
 
 一度見舞いにいった。南向きの三人部屋に北川は移り、北川の奥さんが付き添いに来ていた。
数日もすれば、北川の意識も回復するだろうということだった。元ヤンキースの奥さんは、
この野郎はさ、Aちゃんの歌ばっかやってたからさ、一緒にカラオケいってもつまんないの。
これで少しは懲りたんじゃないの。といったところで、野次のほうがかえって慰められた
気がして恐れ入りまする、といった感じで病室を辞そうとすれば、労災って適用されるよねと聞かれ、それは昭和のお話ざんす、明治の御代では、まだ県民共済もまだだったかしら、と野次も困ってしまったが、奥さんはにこやかに、まいいけどね。さすが、根明かなのだ。

 野次とコロンボのふたりは、捜査方針として、まずはアカシアのママこと吉行サキの、
大根泥棒事件発生日の足取りを追うこと、それからテトラ学園の校長、教頭と花田の関係をつかむことのふたつ、つづめれば、追跡と把握が当面の課題となる。

 そこでまず追跡、すなわち、吉行サキの足取りを辿ろう、そしてコロンボにとっての重要な使命、つまりはロスのカミサさんへの熊野神社のお守りと仕事中毒を癒す温泉という名目を最優先し、熊野神社へ赴くことにした。

 温泉地へ到着してから、宿屋へ聞き込みをおこない、大根の盗まれた当日、アカシア
のママともうひとり女の客が来ていたと裏がとれた。ただ、もうひとりの女客は一
泊しただけで、後はサキひとりが残り二泊していたらしい。サキはひとりで泊まり、
だれも訪ねてなどこないという。夕餉もひとり分でよいといわれたらしい。
結局、サキの連れは宿にはもどらず、三日目の朝、サキは宿を引き払い、
熊野神社へ参拝にゆくといっていたそうだ。
 
 連れの女性は、年齢はサキと同じ位で、映画女優のような、あるいはどちらかといえば、水商売または娼婦のような、あるいは花売り娘、こないだやめた中居さんの姪っ子?などなど諸説紛々、宿屋の番頭も中居たちも、まったく一致しない証言を残した。
結局どっちやねんと野次は内心思うたが、全部をメモして、コロンボの待つ熊野神社へ向かった。

 熊野神社での目撃証言は予想通り取れなかった。参拝客が多く、神社でも
参道下の茶店や土産物屋では、アカシアのママのことなど誰も覚えてなどいない。

 熊野神社のお守りをレインコートのポケットにしまい込みながら、コロンボは野次に、連れの女性が誰なのかが次に突き止めたいと言う。謎のX婦人、現る。大根泥棒の件の他に、謎が野次にまとわりつく。せっかくだからと言い、コロンボと野次は温泉宿に一泊し、その日は、酒を飲んで寝てしまった。ロスにいるカミさんへ電話しているコロンボの声を聞きながらいつしか野次は眠りについた。

 つぎに把握、すなわちテトラ学園の校長、教頭、花田の怪しげな関係について洗いださねばならない。洗い出すうちに他にも怪しげなことが飛び出しかねないのだが。美人教師
の綾小路聡子教諭は何か、鍵を握ってやしないかと野次たちは期待した。

 校長、教頭と花田の会合は、一ヶ月に一回くらい、アカシア以外に田辺の料亭でおこなっていることが分かった。その会合の席には、三人の他に、一名あるいは二名が同席することがある。それら人物が何者かはまだ判明していない。

 次回の会合が二日後だと推測した。満月の夜に会合があることが、偶然、会合の場所となる料亭「はなふじ」の中居の夫、野次の中学校の同窓生から、教えてもらったのだ。

 大根泥棒の線も追っている野次は、熊野神社へ行った翌朝、コロンボと別れ探偵事務所のある境港付近に寄った。事務所で大根泥棒の調査報告書をまとめているうちに、疲れがでて、事務所の近くにある焼き鳥屋へと入っていった。つくねを食べながら、日本酒を冷やでやりながら、報告用のメモを、北公殺人未遂事件のメモと分別していた。
 
 二杯めの冷酒を飲んでいたときに、背中をたたかれ、振り向くと、見知らぬおっっちゃんがいた。最初、誰やろ思うたら、名乗りあげてくれたけれど、名前からは誰だかさっぱりわからなかった。相手が〇〇中学んときの、陸上いっしょにやっとた何々やといってくれたので、ようやっと分かった次第ですよ。と野次は後でコロンボに話したのだ。

 野次は中学のときに、陸上部のキャプテンを務め、短距離走、走り幅跳びで県大会で優勝し、国体で三位に入賞した、チョウ優秀なスプリンター。同級生だったそのおっちゃんは野次のことを、いまだにキャップ、とかキャプテンと呼びながら、酒をあおった。あの頃はまだ酒も飲めない、アール指定十五ちゃんだったっけなぁ。エマニュエル夫人すら見れなかったのになぁ。となりで酒をあおるおっさんの面影には、十代前半の面影はなかった。

 酒が進み、赤ら顔の同級生のおっちゃんから、満月の夜はうちの家内がおみやげ持って帰ってくるんですわという話がでた。料亭「はなふじ」に勤めるという同級生の奥様は、満月の夜になると、手土産で、紙袋に正二十面体の図形がデザインされた、ハンドバックとか、箱詰めされたお菓子などを持ってきた。ハンドバックのときには大喜びで、夫の甲斐性がないことを忘れてくれるほどだ。お菓子は洋風の菓子で、モンブラン風のプチケーキだったり、クッキーだったりする。それらお菓子には、紙袋の印と同じ正二十面体の図形が焼き印のように印されている。

 奇特なお客がいるものだと、聞いてみると、お土産の主は「美元財団」の会長、坂丘太郎だという。野次の記憶の層から、伊賀流記憶術により、テトラ学園が思い浮かんだ。同級生のおっちゃんの顔に自分の顔を近づけながら、野次はへえー、そらええねぇ、うらやましいねぇと、とっさに内心をさとられないよう、また相手の心を喜ばすようなホステス張りの媚をふるまい、興奮をおさえて、満月の夜のことを、同級生の奥さんの職業上の秘密という壁を越えて、詳細に聞き出したのだ。

 月がちょうど満ち足りた夜になると、料亭「はなふじ」にテトラ学園の関係者という三人がやってくる。推定するに校長、教頭と花田らしい。一人はがたいのよい脂ぎった精力絶倫おとこだというから、花田に間違いあるまい。奥方も花田の執拗な視線を再三ならず感じたらしい。小一時間ほどすると、くだんの坂丘先生(三人は先生とくだんの紳士を呼んでいる)がお着きになる。ロールスロイスでのご到着、出迎える女将と係の中居、つまり同級生の配偶者には、お土産の紙袋、福袋とも呼ぶ、エルメス張りのブランドもの紙袋「美元」を運転手が恭しく差し出し、女将たちは恭しく受け取る。

 サングラスをしている先生こと坂丘は強面ではなく、むしろ芸術家風らしい。ベレー帽とサングラスで、口髭をたくわえたフェア・バンクスみたいな色おとこだそうだ。

 座敷で待っている三人は先生が登場することで、急激に緊張を高め、一番年配の校長など、太った体を縮こまらせ、ひきりに額の汗を拭いながら、調子をあわせたようにお愛想笑いをするらしい。

 下品そうな口髭をはやした教頭は、狐顔をいっそうとがらせ、細い目でゆだんなくお愛想追従に余念がない。

 花田は花田で、女将や若い中居に色目を使い、話など耳にはいっているのか危ぶまれるほど、卑猥な存在だという。

 女将や中居がいる席では冗談の連発で、彼女らがいなくなるまでは、四人とも仮面の下にいるのであろう、たいした話題もなく、また替えのお酒を運んだり、食後のデザートの水菓子なんぞを持っていくときも、仮面にもどるらしい。というのは野次の推測だが、中居である同級生の連れ合いの話では、いつもお土産のお菓子の話しかしないという。



 料亭「はなふじ」の会見の話はコロンボにも衝撃だったとみえ、やぶにらみのまま、野次の顔を見つめているのかわからないくらいに、葉巻の灰が落ち、煙が煙るなか、じっと動かなくなってしまった。
「...すると...」コロンボは葉巻をくわえたまま野次に問うたのか?
「そうですね、何かありますね」
「...すると...」
「これは坂丘を洗う必要がでてきたということですかね?」野次はコロンボの口数少ない誘導に誘われて意見した。

 コロンボは立ち上がり、宿屋の部屋から廊下へ出てはまた部屋に戻り、また外にでたり戻ったりを繰り返し、左手の手のひらへ右手の握りこぶしを叩きつけながら、葉巻の灰を畳の上へこぼし、部屋と煙と灰でカオス状態にしているのか、旅館の中居に掃除が大変だと愚痴られるにまかせているのか、しばらく無言の行の時間が流れた。

 野次は野次で、コロンボの顔を見つめているのだが、いかんせん、やぶにらみのコロンボの表情からは、何を言ったものか皆目わからない。

 宿の窓の外はすでに夕暮れとなっていた。烏の声が聞こえていた。

(つづく)