第一部 山人って何? 31回
登場人物の紹介
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プロジェクト企画ルームと呼んでいる、その部屋は、テトラ学園として以前使っていた木造建物の一角にあった。テトラ学園を設立の頃、牧歌的な雰囲気のある、この二階建ての家を使っていたのだ。生徒数もまだ五、六人程度の小さな学校だった。河本自身が歴史を教えに通っていた。教室の窓からシュロやソメイヨシノが見えた。ソメイヨシノが満開の頃には、夜桜を酒も飲まず、ひとり眺めているのが好きだった。
あれからもう、十数年経ったのだと改めて、窓の外にあるシュロやソメイヨシノを眺めながら感慨にふけっていた。部屋の中央には、今度開発する民俗博覧会の模型がある。机を四つ並べて、その上に模型の載った板を差し渡して、各パビリオンのミニチュアが並んでいる。中心は、正二十面体のパプリカだ。
「芸術は火山の噴火だ」という坂丘会長の言葉が、今回のオープニングで始まる。そして、演説が終わると同時に、生徒達による岩笛の演奏。それらの背景には、初めて坂丘とあって聞かされた話がある。
その頃、パリから帰国したばかりの坂丘は、今と同じサングラスにベレー帽という出で立ちで、パイプを咥えていた。坂丘は妻を、数年前に亡くしていた。妻の形見のパイプはそれ以来、自宅の仏間に置いてある。
今、河本がいるこの教室で、坂丘は河本だけに、坂丘家に代々伝わる伝承の物語について語ってくれた。それは、いよいよ、実現できる時期ではないかと思ったかららしい。片腕になってくれないか、という願いも打ち明けられた。美元財団の理事として、経営をまかせたいという。一介の歴史教師に何ができるかと思ったが、数年の間、周囲の人物を観察した結果、河本が条件に適合しているということが、親族の間でも認められたということだ。だが、条件がどんなものかは、河本には明かされずにいる。横浜に在住する中国の易占い師にも占ってもらったので、間違いがないともいった。
それから、坂丘はある物語を語りだした。
プラトンの「ティマイオス」という古代ギリシアの書物に、アトランティス大陸の話が出てくる。アトランティスは文明が栄えたが、自然の元素をエネルギーに変化させる装置により、地殻変動を起こし、海底に沈んでしまった。沈んではいるが、プラトンの説く元素を表す、正多面体を組み合わせ、太陽エネルギーに感応する装置を作ることで、再び浮上させることができるのではないか、という話がある。ところが、プラトンの書物にはそんな話はなく、正多面体と元素(正四面体に火、六面体に土、八面体に空気、二十面体に空気が、それぞれ対応する)の関係と、アトランティスが水と火によって、地殻変動を起こし滅びたことしか記されていない。続編である「クリティアス」にもアトランティスの記述があるが、途中で終わっているのだ。
また、正多面体は五つあり、正十二面体に対応する元素については何も記されていない。
これは何を意味しているかというと、プラトンの残した書物は明らかに偽書であるということなのだ。
「ところが、だ」と坂丘は声の大きさを落とし、ここだけの話をするよと言った。ここだけの話ほど、眉唾ものは無いのだがと河本は思いながらも、話の後半を聞いた。
幕末の頃、ひとりのドイツ人が日本に滞在したことがあった。名前を、ハインリッヒ・シュリーマンという、ひとりの武器商人、ビジネスマン、あきんど、だった。日本に滞在しているときに、坂丘の祖父が世話をして、坂丘家に伝わる、ひとつの話をしたらしい。あるいは、土蔵を案内したときに見た、歌麿の春画コレクション百点に驚いたのか、あるいは、土蔵の中にあった壷千点に驚いたのか、何にせよ、好奇心の向くままに質問攻めにするしつこさに根負けしてか、祖父は秘伝の話をうっかり、漏らしてしまったらしい。
その話というのは、蓬莱という、中国から伝わる不老不死の薬があり、仙人が住むという謎の島についての伝説だ。坂丘家自身、謎の出自だが、代々続く豪族らしい。それはさておき、蓬莱は実は海に沈んでしまったのではないか、という、そんなお話聞いたこともないという、幼子でも信じないような嘘のようなお話を、代々伝承してきたらしい。しかし、浦島伝説も海中深くに沈んでいるというお話だし、記紀神話に出てくる海彦の話もある。(どういう訳か、坂丘家は、これは注釈のような話だが、記紀神話自身を作った安倍家自身も知らない、別の日本のクロニクルを伝承しているらしい。坂丘自身は、その話だけは、河本君にも伝えられないのだよ、ほんと、ほんとに。とマジ顔で言われたのだった。ただ、柳田國男氏のいう、山人の話の種は、海彦と山彦に関連していて、蓬莱が海中に没した話と、ものスゴーイ関係があるんだけどもねぇ。まぁ、この辺までにしとかないと、軍部とも関係しているし、イロイロやーばいのよ、と坂丘は妙に、いつものノリの何十枚以上もの軽さで、坂丘に似合わないお調子コイてたわけだが。それはきっと、人間、長年の秘密から解放されたときに出てくる、無意識、あるいは深層心理の何か、まだ心理学でも解明されていない、ある種のパターンなのかな、と河本は想いだしては、坂丘の気味悪さとともにその理論に舞もどるのだった。)
そして、シュリーマンちゃんは、祖父から蓬莱の話を聞くと、それはもしかして、プラトンのアトランティスと関係あるかもしれへんね、と妙な関西アクセントで言ったらしい。蓬莱について、何か文献はあらへんねんとしつこく、眼光するどく、問いつめてきたこと数度以上あったという。厠できばっているところを、戸を叩かれ、ねぇ、ねぇ、蓬莱の本あらへんの、とまで押し掛けられ、おかげで祖父は便秘にまでなったらしい。
実際のところ、蓬莱の伝説を真面目にかつ秘密儀に研究していたのは、平田家のあっちゃんこと、篤胤公しかいないとまでいわれ、平田家には何かあるらしいが、とても怖ーい神官が継承していて、しかも、篤胤公自身、江戸払いされ、東北で寂しく、寒いなか、この世を去っていた。
祖父も、早いとこ、リーマンちゃんにドイツヘ帰ってもらわんことには、便秘がひどくなりそうなので、おまけに牛肉と馬鈴薯ばかり食べていると、おかしくなりそうなので、ショウガなしに、蓬莱についての偽書を、直筆で書写したと嘘をついて渡しのだ。だいたい、おんどれは日本語読めんのかよ、馬鹿者めが、とリーマンちゃんが帰った後、厠で気張りすぎて、痔にまで発展したらしい。
坂丘はそれから、三十年後に、実は蓬莱について書かれた本を、平田家から借り出したことがある。ちょっと、ダーティだが、お金に困っていた平田家に、条件としての蓬莱の書を借りるということをやったらしい。
シュリーマン自身は、祖父から受け取った偽書とも知らずに、蓬莱の書を日本語研究家に翻訳してもらい、アトランティス伝説の秘密との関連を見抜くという、生まれながらに鋭い直感のもと、トロイ遺跡の発掘の傍ら、マスコミの知らないところで、アトランティスに関する文献や石板などを発掘していたらしい。
アトランティスと蓬莱の共通性というのは、語弊がある。正確には両者は、同じものを指す別々の名前なのだとしたら、と坂丘はサングラスをはずしながら、その少年のような澄んだ瞳で語りだした。(そのために、いつも坂丘はサングラスをしているのだ。つまり、他人になめられそうな純真な眼をしているのだった)
そして、アトランティス、あるいは蓬莱の沈んだ位置は、日本の近海にあり、それを浮上させるには、四つの元素に対応する正多面体が必要で、エネルギーを呼ぶには、共鳴が必要になる。それが、岩笛という、古来の山人、つまり天狗とよばれたある一族の秘伝を使う必要がある。まるで「フィフィス・エレメント」?と河本は思うたのだった。
そして、そして民俗博覧会なるカモフラージュにより、正多面体のパビリオンからの反射光を、紀州沖に照射し、正二十面体により、つまり「芸術の爆発」によるエネルギーを醸し出すという計画こそ、そして、まさに、世界の軍隊がほしがるという、アトランティスまたは蓬莱を海中に沈めるほどの、兵器、最終兵器の発掘こそ、世界を逆に守るための手段であーる。坂丘はのけぞりながら、大声で叫んでいた。
もちろん、河本の心中では、さあ、どうしたらいいんだろう、コイツは、と想っていたのだった。窓の外のソメイヨシノは、すっかり、青く繁る葉に覆われ始めている五月も終わりのことであった。
(次回へつづく)
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プロジェクト企画ルームと呼んでいる、その部屋は、テトラ学園として以前使っていた木造建物の一角にあった。テトラ学園を設立の頃、牧歌的な雰囲気のある、この二階建ての家を使っていたのだ。生徒数もまだ五、六人程度の小さな学校だった。河本自身が歴史を教えに通っていた。教室の窓からシュロやソメイヨシノが見えた。ソメイヨシノが満開の頃には、夜桜を酒も飲まず、ひとり眺めているのが好きだった。
あれからもう、十数年経ったのだと改めて、窓の外にあるシュロやソメイヨシノを眺めながら感慨にふけっていた。部屋の中央には、今度開発する民俗博覧会の模型がある。机を四つ並べて、その上に模型の載った板を差し渡して、各パビリオンのミニチュアが並んでいる。中心は、正二十面体のパプリカだ。
「芸術は火山の噴火だ」という坂丘会長の言葉が、今回のオープニングで始まる。そして、演説が終わると同時に、生徒達による岩笛の演奏。それらの背景には、初めて坂丘とあって聞かされた話がある。
その頃、パリから帰国したばかりの坂丘は、今と同じサングラスにベレー帽という出で立ちで、パイプを咥えていた。坂丘は妻を、数年前に亡くしていた。妻の形見のパイプはそれ以来、自宅の仏間に置いてある。
今、河本がいるこの教室で、坂丘は河本だけに、坂丘家に代々伝わる伝承の物語について語ってくれた。それは、いよいよ、実現できる時期ではないかと思ったかららしい。片腕になってくれないか、という願いも打ち明けられた。美元財団の理事として、経営をまかせたいという。一介の歴史教師に何ができるかと思ったが、数年の間、周囲の人物を観察した結果、河本が条件に適合しているということが、親族の間でも認められたということだ。だが、条件がどんなものかは、河本には明かされずにいる。横浜に在住する中国の易占い師にも占ってもらったので、間違いがないともいった。
それから、坂丘はある物語を語りだした。
プラトンの「ティマイオス」という古代ギリシアの書物に、アトランティス大陸の話が出てくる。アトランティスは文明が栄えたが、自然の元素をエネルギーに変化させる装置により、地殻変動を起こし、海底に沈んでしまった。沈んではいるが、プラトンの説く元素を表す、正多面体を組み合わせ、太陽エネルギーに感応する装置を作ることで、再び浮上させることができるのではないか、という話がある。ところが、プラトンの書物にはそんな話はなく、正多面体と元素(正四面体に火、六面体に土、八面体に空気、二十面体に空気が、それぞれ対応する)の関係と、アトランティスが水と火によって、地殻変動を起こし滅びたことしか記されていない。続編である「クリティアス」にもアトランティスの記述があるが、途中で終わっているのだ。
また、正多面体は五つあり、正十二面体に対応する元素については何も記されていない。
これは何を意味しているかというと、プラトンの残した書物は明らかに偽書であるということなのだ。
「ところが、だ」と坂丘は声の大きさを落とし、ここだけの話をするよと言った。ここだけの話ほど、眉唾ものは無いのだがと河本は思いながらも、話の後半を聞いた。
幕末の頃、ひとりのドイツ人が日本に滞在したことがあった。名前を、ハインリッヒ・シュリーマンという、ひとりの武器商人、ビジネスマン、あきんど、だった。日本に滞在しているときに、坂丘の祖父が世話をして、坂丘家に伝わる、ひとつの話をしたらしい。あるいは、土蔵を案内したときに見た、歌麿の春画コレクション百点に驚いたのか、あるいは、土蔵の中にあった壷千点に驚いたのか、何にせよ、好奇心の向くままに質問攻めにするしつこさに根負けしてか、祖父は秘伝の話をうっかり、漏らしてしまったらしい。
その話というのは、蓬莱という、中国から伝わる不老不死の薬があり、仙人が住むという謎の島についての伝説だ。坂丘家自身、謎の出自だが、代々続く豪族らしい。それはさておき、蓬莱は実は海に沈んでしまったのではないか、という、そんなお話聞いたこともないという、幼子でも信じないような嘘のようなお話を、代々伝承してきたらしい。しかし、浦島伝説も海中深くに沈んでいるというお話だし、記紀神話に出てくる海彦の話もある。(どういう訳か、坂丘家は、これは注釈のような話だが、記紀神話自身を作った安倍家自身も知らない、別の日本のクロニクルを伝承しているらしい。坂丘自身は、その話だけは、河本君にも伝えられないのだよ、ほんと、ほんとに。とマジ顔で言われたのだった。ただ、柳田國男氏のいう、山人の話の種は、海彦と山彦に関連していて、蓬莱が海中に没した話と、ものスゴーイ関係があるんだけどもねぇ。まぁ、この辺までにしとかないと、軍部とも関係しているし、イロイロやーばいのよ、と坂丘は妙に、いつものノリの何十枚以上もの軽さで、坂丘に似合わないお調子コイてたわけだが。それはきっと、人間、長年の秘密から解放されたときに出てくる、無意識、あるいは深層心理の何か、まだ心理学でも解明されていない、ある種のパターンなのかな、と河本は想いだしては、坂丘の気味悪さとともにその理論に舞もどるのだった。)
そして、シュリーマンちゃんは、祖父から蓬莱の話を聞くと、それはもしかして、プラトンのアトランティスと関係あるかもしれへんね、と妙な関西アクセントで言ったらしい。蓬莱について、何か文献はあらへんねんとしつこく、眼光するどく、問いつめてきたこと数度以上あったという。厠できばっているところを、戸を叩かれ、ねぇ、ねぇ、蓬莱の本あらへんの、とまで押し掛けられ、おかげで祖父は便秘にまでなったらしい。
実際のところ、蓬莱の伝説を真面目にかつ秘密儀に研究していたのは、平田家のあっちゃんこと、篤胤公しかいないとまでいわれ、平田家には何かあるらしいが、とても怖ーい神官が継承していて、しかも、篤胤公自身、江戸払いされ、東北で寂しく、寒いなか、この世を去っていた。
祖父も、早いとこ、リーマンちゃんにドイツヘ帰ってもらわんことには、便秘がひどくなりそうなので、おまけに牛肉と馬鈴薯ばかり食べていると、おかしくなりそうなので、ショウガなしに、蓬莱についての偽書を、直筆で書写したと嘘をついて渡しのだ。だいたい、おんどれは日本語読めんのかよ、馬鹿者めが、とリーマンちゃんが帰った後、厠で気張りすぎて、痔にまで発展したらしい。
坂丘はそれから、三十年後に、実は蓬莱について書かれた本を、平田家から借り出したことがある。ちょっと、ダーティだが、お金に困っていた平田家に、条件としての蓬莱の書を借りるということをやったらしい。
シュリーマン自身は、祖父から受け取った偽書とも知らずに、蓬莱の書を日本語研究家に翻訳してもらい、アトランティス伝説の秘密との関連を見抜くという、生まれながらに鋭い直感のもと、トロイ遺跡の発掘の傍ら、マスコミの知らないところで、アトランティスに関する文献や石板などを発掘していたらしい。
アトランティスと蓬莱の共通性というのは、語弊がある。正確には両者は、同じものを指す別々の名前なのだとしたら、と坂丘はサングラスをはずしながら、その少年のような澄んだ瞳で語りだした。(そのために、いつも坂丘はサングラスをしているのだ。つまり、他人になめられそうな純真な眼をしているのだった)
そして、アトランティス、あるいは蓬莱の沈んだ位置は、日本の近海にあり、それを浮上させるには、四つの元素に対応する正多面体が必要で、エネルギーを呼ぶには、共鳴が必要になる。それが、岩笛という、古来の山人、つまり天狗とよばれたある一族の秘伝を使う必要がある。まるで「フィフィス・エレメント」?と河本は思うたのだった。
そして、そして民俗博覧会なるカモフラージュにより、正多面体のパビリオンからの反射光を、紀州沖に照射し、正二十面体により、つまり「芸術の爆発」によるエネルギーを醸し出すという計画こそ、そして、まさに、世界の軍隊がほしがるという、アトランティスまたは蓬莱を海中に沈めるほどの、兵器、最終兵器の発掘こそ、世界を逆に守るための手段であーる。坂丘はのけぞりながら、大声で叫んでいた。
もちろん、河本の心中では、さあ、どうしたらいいんだろう、コイツは、と想っていたのだった。窓の外のソメイヨシノは、すっかり、青く繁る葉に覆われ始めている五月も終わりのことであった。
(次回へつづく)
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