第一部 山人って何? 30回
登場人物の紹介
第一回へ
前回へ
「はなふじ」は老舗として、和歌山では有数の高級料亭であった。高い板塀に囲まれた敷地に、池と獅子脅しまでが揃った、典型的な料亭の造りを有している。石灯籠と竹やぶを含めれば三拍子、いや四点セットという、システムキッチン並みの豪華な料亭。その料亭に、野次はひとり、伊賀忍者の末裔として、潜入することに成功した。明治政府の官憲は、お庭番として伊賀者を徳川から継承して使っていた。盗聴など当たり前、盗聴をしないことには情報を入手できないではないか、とまで国会の聴聞会ではしばし、警察庁長官はのたまわった。
肝心の盗聴の仕方であるが、要するに、天井裏または縁の下に、間諜を潜ませ、一字一句聞き漏らすことなく、記憶するのだ。実は、忍者にとっては、身体能力などどうでもよく(といっては語弊があるが)、むしろ近代においては記憶力、知力、教養のほうがその比率が大きくなっている。いや、戦国の世からそれはそうだったのだが、覚えることなどそれほど多くはなかった。いまや、口達者な連中が江戸時代より増えたといえよう。
野次は出入りの酒屋に扮し、お酢を届けに裏口から入り込めた。間取りを覚え、裏木戸の鍵型を二秒の早業で作った。転ぶ振りをして、粘土に鍵型を合わせたわけだ。もちろん、その日、野次が準備万端整えている頃、本物の酒屋の小僧がお酢を届けにやってきたが、料亭の料理長は、どないしたんや、もう届いてるでぇと言い、小首を傾げながら去ってゆく小僧の後ろ姿を眺めながら、煙草の煙を夕暮れ迫る空に吹き上げた。
その夜、テトラ学園の校長、教頭、すなわち植下、谷山が、花田とともに「はなふじ」にやってきた。
芸者衆が裏木戸から入るのを、遠くから双眼鏡で見ていた野次は、しばらく間を置き、何気ない風を装い、裏木戸に近づき、三時間ほどで作った合鍵で、木戸を開け、「はなふじ」に潜入した。中庭から渡り廊下へ上がり、忍び足(まさに得意な技だが)で廊下を進み、各障子の向こう側から聞こえる声に、植下らの声がないか調べた。料理や酒を運ぶ中居が廊下をやってくるときは、客を装い(そのために着慣れないスーツを、そしてその下には忍者の装束、鎖帷子などを身につけていた)ながら、トイレに迷った振りをした。変装七つ道具を持参しているので、髭、眼鏡、耳、鼻などを組み合わせれば、十二人以上に変身できる。
そんなことをしながらも、花田らの入った座敷を突き止め、布団部屋に忍び込み、天井裏で忍者装束に着替え、匍匐前進で進んだ。とはいえほとんど無音で、蜘蛛の巣やねずみにもひるむことなく、そのための忍者の制服なのだから。
やがて、植下らの座敷の上、天井裏にたどり着き、盗聴を開始した。花田の大きな声が響きわたり、をんなの話、話題は綾小路教諭の話になっていた。もう充分、成熟した年頃ですねぇ、などと言っている。天井裏の隙間から、下の様子が見れる。三人は座卓を挟んで下座に、並んでいた。卓の上には、酒の用意がされ、お通しの皿が並んでいる。座敷には三人しかいない。校長は太った身体から吹き出る汗を拭いているのであろう、手ぬぐいを出して、薄くなった頭頂部から太い首筋を、ぬぐっている。教頭は隙のない正座のまま微動だにしない。花田だけは大きな躯をもてあますように、笑い声をあげ、ふたりを圧倒していた。相撲取りのタニマチのように校長たちがみえる。三人とも、卓のものには箸をつけず、冷酒のはいった徳利もそのままだ。
花田の同じような話が三回くらい、繰り返された頃、障子の外に女将の声がして、続いて、座敷に坂丘と河本のふたりが入ってきた。坂丘はベレー帽とサングラス姿で、河本は普通の紳士姿、つまりはスーツにネクタイという、谷山教頭と同じく隙のないいでたちだった。五人は、卓を囲み、女将がひところお愛想口上と挨拶を述べて、廊下へ消えてから、乾杯をした。植下と谷山が、坂丘と河本のお酌をして、花田は手酌で杯をあげていた。
世間話が一通りすんだ頃、女将と中居達が料理を運んできた。今日は御姐さん方はどうします、もう待ち合い部屋にはいらしてますよ、と女将が言うと、もうしばらくしてからだね。今日は白魚や飛び魚があるらしいじゃないか。まずは料理がすんでからだね、花田君、ちゃんと御姐さん達もくるから、安心したまえと、坂丘が笑いながら言った。花田は頭を掻きながら、えへへへと追従した。校長と教頭も花田にならい追従笑いをし、河本から酌をされては恐縮している。
女将たちが座敷を離れ、いわゆる人払いがすむと、五人は卓上に並んだ海鮮料理に舌づづみをうちはじめ、やがて河本が民俗博覧会の話を切り出した。半分眠くなりかけていたので、自分の手の甲を抓っていた野次は、緊張した。
民俗博覧会のオープニングはとても大事なイベントとなる。そう河本は切り出した。美元財団が支援する学校法人、すなわちテトラ、キューブ、オクタ、ドデカの四校から生徒を十人ずつ選抜してもらい、計四十人で、会場で笛による演奏をおこなう。笛は特別仕様の岩笛というもので、これから三ヶ月の間、選ばれた生徒たちに練習してもらいたい。もちろん、有志ということで、強制ではないことを忘れないように。
そして、花田さん、会場となる場所の手配はできましたね、と河本は花田に聞いた。ぬかりなくと花田は答え、河本からつがれた酒を煽った。町長から許可をとっています。正当な手続きを踏んでますから。
ま、そんなところで、今日は盛り上がってください。坂丘と河本は立ち上がり、あとは御姐さん達とお楽しみください。校長と教頭、花田の三人も立ち上がり、廊下の外へでたふたりへ見送りの挨拶をした。三人は座敷に戻ると、緊張が解けたように、料理に箸をのばしたり、酒をあおりはじめ、これからが大変ですねと教頭が校長にいった。花田ひとりが、これでわたしは、お役を果たしたんで、ちょっと旅行に行ってきますよといい、下卑た笑いを上げた。芸者衆が入って来てから、三味線の音を後に残し、野次は「はなふじ」の裏門から、田辺へと向かった。中月の明かりが野次の行く手を照らしていた。
(次回へとつづく)
登場人物の紹介
第一回へ
前回へ
「はなふじ」は老舗として、和歌山では有数の高級料亭であった。高い板塀に囲まれた敷地に、池と獅子脅しまでが揃った、典型的な料亭の造りを有している。石灯籠と竹やぶを含めれば三拍子、いや四点セットという、システムキッチン並みの豪華な料亭。その料亭に、野次はひとり、伊賀忍者の末裔として、潜入することに成功した。明治政府の官憲は、お庭番として伊賀者を徳川から継承して使っていた。盗聴など当たり前、盗聴をしないことには情報を入手できないではないか、とまで国会の聴聞会ではしばし、警察庁長官はのたまわった。
肝心の盗聴の仕方であるが、要するに、天井裏または縁の下に、間諜を潜ませ、一字一句聞き漏らすことなく、記憶するのだ。実は、忍者にとっては、身体能力などどうでもよく(といっては語弊があるが)、むしろ近代においては記憶力、知力、教養のほうがその比率が大きくなっている。いや、戦国の世からそれはそうだったのだが、覚えることなどそれほど多くはなかった。いまや、口達者な連中が江戸時代より増えたといえよう。
野次は出入りの酒屋に扮し、お酢を届けに裏口から入り込めた。間取りを覚え、裏木戸の鍵型を二秒の早業で作った。転ぶ振りをして、粘土に鍵型を合わせたわけだ。もちろん、その日、野次が準備万端整えている頃、本物の酒屋の小僧がお酢を届けにやってきたが、料亭の料理長は、どないしたんや、もう届いてるでぇと言い、小首を傾げながら去ってゆく小僧の後ろ姿を眺めながら、煙草の煙を夕暮れ迫る空に吹き上げた。
その夜、テトラ学園の校長、教頭、すなわち植下、谷山が、花田とともに「はなふじ」にやってきた。
芸者衆が裏木戸から入るのを、遠くから双眼鏡で見ていた野次は、しばらく間を置き、何気ない風を装い、裏木戸に近づき、三時間ほどで作った合鍵で、木戸を開け、「はなふじ」に潜入した。中庭から渡り廊下へ上がり、忍び足(まさに得意な技だが)で廊下を進み、各障子の向こう側から聞こえる声に、植下らの声がないか調べた。料理や酒を運ぶ中居が廊下をやってくるときは、客を装い(そのために着慣れないスーツを、そしてその下には忍者の装束、鎖帷子などを身につけていた)ながら、トイレに迷った振りをした。変装七つ道具を持参しているので、髭、眼鏡、耳、鼻などを組み合わせれば、十二人以上に変身できる。
そんなことをしながらも、花田らの入った座敷を突き止め、布団部屋に忍び込み、天井裏で忍者装束に着替え、匍匐前進で進んだ。とはいえほとんど無音で、蜘蛛の巣やねずみにもひるむことなく、そのための忍者の制服なのだから。
やがて、植下らの座敷の上、天井裏にたどり着き、盗聴を開始した。花田の大きな声が響きわたり、をんなの話、話題は綾小路教諭の話になっていた。もう充分、成熟した年頃ですねぇ、などと言っている。天井裏の隙間から、下の様子が見れる。三人は座卓を挟んで下座に、並んでいた。卓の上には、酒の用意がされ、お通しの皿が並んでいる。座敷には三人しかいない。校長は太った身体から吹き出る汗を拭いているのであろう、手ぬぐいを出して、薄くなった頭頂部から太い首筋を、ぬぐっている。教頭は隙のない正座のまま微動だにしない。花田だけは大きな躯をもてあますように、笑い声をあげ、ふたりを圧倒していた。相撲取りのタニマチのように校長たちがみえる。三人とも、卓のものには箸をつけず、冷酒のはいった徳利もそのままだ。
花田の同じような話が三回くらい、繰り返された頃、障子の外に女将の声がして、続いて、座敷に坂丘と河本のふたりが入ってきた。坂丘はベレー帽とサングラス姿で、河本は普通の紳士姿、つまりはスーツにネクタイという、谷山教頭と同じく隙のないいでたちだった。五人は、卓を囲み、女将がひところお愛想口上と挨拶を述べて、廊下へ消えてから、乾杯をした。植下と谷山が、坂丘と河本のお酌をして、花田は手酌で杯をあげていた。
世間話が一通りすんだ頃、女将と中居達が料理を運んできた。今日は御姐さん方はどうします、もう待ち合い部屋にはいらしてますよ、と女将が言うと、もうしばらくしてからだね。今日は白魚や飛び魚があるらしいじゃないか。まずは料理がすんでからだね、花田君、ちゃんと御姐さん達もくるから、安心したまえと、坂丘が笑いながら言った。花田は頭を掻きながら、えへへへと追従した。校長と教頭も花田にならい追従笑いをし、河本から酌をされては恐縮している。
女将たちが座敷を離れ、いわゆる人払いがすむと、五人は卓上に並んだ海鮮料理に舌づづみをうちはじめ、やがて河本が民俗博覧会の話を切り出した。半分眠くなりかけていたので、自分の手の甲を抓っていた野次は、緊張した。
民俗博覧会のオープニングはとても大事なイベントとなる。そう河本は切り出した。美元財団が支援する学校法人、すなわちテトラ、キューブ、オクタ、ドデカの四校から生徒を十人ずつ選抜してもらい、計四十人で、会場で笛による演奏をおこなう。笛は特別仕様の岩笛というもので、これから三ヶ月の間、選ばれた生徒たちに練習してもらいたい。もちろん、有志ということで、強制ではないことを忘れないように。
そして、花田さん、会場となる場所の手配はできましたね、と河本は花田に聞いた。ぬかりなくと花田は答え、河本からつがれた酒を煽った。町長から許可をとっています。正当な手続きを踏んでますから。
ま、そんなところで、今日は盛り上がってください。坂丘と河本は立ち上がり、あとは御姐さん達とお楽しみください。校長と教頭、花田の三人も立ち上がり、廊下の外へでたふたりへ見送りの挨拶をした。三人は座敷に戻ると、緊張が解けたように、料理に箸をのばしたり、酒をあおりはじめ、これからが大変ですねと教頭が校長にいった。花田ひとりが、これでわたしは、お役を果たしたんで、ちょっと旅行に行ってきますよといい、下卑た笑いを上げた。芸者衆が入って来てから、三味線の音を後に残し、野次は「はなふじ」の裏門から、田辺へと向かった。中月の明かりが野次の行く手を照らしていた。
(次回へとつづく)