第一部 山人って何? 39回
登場人物紹介
第一回
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熊楠は、龍仁の語る長い歴史に興味を覚えた。韓国料理屋を出たときは、もう深夜の一時近くになっていた。龍仁は、朝の勤行があるので、翌日の午前十時頃に再開しようということにした。熊楠は、毎晩というのか毎朝、五時頃まで起きて、長い長いメールを柳田へ送ったり、随筆を書いたりしていた。
朝の十時前に、熊楠は起きだし、豆乳とあんぱんを用意して、龍仁を書斎で待っていた。ニット帽とサングラスは相変わらずそのままの龍仁は、疲れた顔もせず、土宣法竜から聞いたという話の続き、つまりは坂丘一族の歴史について、語りだした。
織田信長は、坂丘にとって(この頃はもう何代めの坂丘になるか判明しないが)、奇跡とも呼べる、革命の時代をもたらした。
信長へ、軍艦の供給、近代武器(長い槍や火縄銃)を提供し、武家社会を崩すことを目論んだのだ。それは、三種の神器への道(壇ノ浦で沈んだのはレプリカであった)、そして蓬莱の浮上への道へ近づくという野望を、信長という無神論者、または伝統からズレた武人が達成してくれるのではないかと期待したわけであった。
信長はそもそも、日本の伝統を理解できない、アスペルガー症候群もしくは発達障害ともいうべき存在であった。これを、心理学者もしくは精神医学者の冷静さと洞察力で見抜いた坂丘は、信長への支援にまわった。
その頃、高野山と比叡山は、団結していて、武士による破壊、すなわち坂丘に対する結界が壊れないように維持していた。ところが、坂丘の野望により、比叡山が壊滅させられたのだ。幸いというか、密教と修験道の縁のある、明智光秀が、修験者達からの密命により、本能寺にて信長を暗殺することで、高野山の壊滅は避けることができた。後に秀吉が高野山の武装解除を迫り、無条件降伏をおこなうことで、結界が破壊されることは免れた。
信長が存命中に、安土城が築城され、五元素に対応する五重構造と多面体による、蓬莱浮上計画は、着々と進められていたのだ。天守閣となる七重、六重の層へ、三種の神器と岩笛演奏者を配置することは、信長のシナリオにもあったのだ。
しかし、光秀が信長を暗殺し、安土城も焼き払うことで、坂丘の野望を阻止した。
秀吉がどこまで、坂丘の野望を知っていたかは、定かではない。おそらく、信長から継承できたのは、皇室に近づくということで、秀吉自身、その真意を知らなかったのは、その後の朝鮮出兵などから分かる。
徳川家康は、幼少の頃より戦嫌いであった。戦のない世の中を作ることをひたすら願っていた。坂丘は、信長破れたあと、家康に近づく機を狙っていた。しかし、南光坊天海こそ、空海大師の継承者のひとりであり、天海と空海という固有名の類似性こそが、それを示している。すなわち、天と空を交換することで、成立する命名規則。ふたつの文字は、つまり、同じものを指しているのだから。
光秀を救出できなかった天海は、家康と坂丘との接近を阻み、家康を皇室、つまり三種の神器から遠ざけること、すなわち、東へと遠ざけることを画策した。
伊賀ものを使っていた家康は、伊賀一族と縁の深い、修験者達とも幼少の頃より縁があり、修験の者達より紹介され、天海と知古になれたのだった。実際、天海は、表向きは天台宗、比叡山の座主となっていたが、すでに真言密教の達人であった。高野山からの密命を帯び、坂丘に キズカレナイ為のカムフラージュでもあった。
老齢に達していた家康は、天海の語る風水やユダヤ教(ダビデ王族)の話に興味を抱き、孫の家光の相談役まで頼んでいた。
信長と秀吉がまだ、成仏していないという話を信じた家康は、夜の厠が怖くて、これは幼少からの悪癖なのだが、天海に相談したのだ。天海は、坂丘と皇室から遠ざける格好の機会とばかりに、思い切って、東国、つまり、穢土(江戸)に城を築くとよいことを教えた。また、鬼門である丑寅金神の東照宮に、神社を作って守護神となれば、子々孫々の代を永久に見守れると諭した。
天海は一方で、坂丘の力を封じるために、鎖国を進めた。密貿易を禁じることで、坂丘一族の財力の増大を防いだのだ。かくして、江戸幕府が始まり、維新になるまでは、坂丘一族は、蓬莱浮上への野望を封じられていた。
維新の契機が、土佐藩と長州藩にあったのは、やはり厳島神社を中心にした、蓬莱浮上の伝承が、海外から渡来した、坂丘一族のルーツ達と関わりのある外国人たちによってもたらされたためだった。さすがに、海外の坂丘一族の縁者の動きには、密教僧や修験者達も、阻止しきれなかったのだ。
「かくして、今、坂丘一族は長年、機を狙っていた、蓬莱浮上の計画を実行し始めたわけです」と龍仁は、あんぱんを三つ食べた後、豆乳をごくごくと飲んでから、鼻息を荒くした。
「坂丘は、田辺の台場以外の場所で、蓬莱浮上を画策していると思います」龍仁の言葉に、熊楠も鼻息を荒くして、「とにかくその場所を押さえるんや」と、あんぱんを頬張りながら、あんこを口から飛ばしながら、叫んだ。
書斎の外は、うす曇りになっていて、今にも雨が降り出しそうだった。庭の紫陽花は、空からの恵みを待っているように、花開いていた。
(次回へつづく)
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熊楠は、龍仁の語る長い歴史に興味を覚えた。韓国料理屋を出たときは、もう深夜の一時近くになっていた。龍仁は、朝の勤行があるので、翌日の午前十時頃に再開しようということにした。熊楠は、毎晩というのか毎朝、五時頃まで起きて、長い長いメールを柳田へ送ったり、随筆を書いたりしていた。
朝の十時前に、熊楠は起きだし、豆乳とあんぱんを用意して、龍仁を書斎で待っていた。ニット帽とサングラスは相変わらずそのままの龍仁は、疲れた顔もせず、土宣法竜から聞いたという話の続き、つまりは坂丘一族の歴史について、語りだした。
織田信長は、坂丘にとって(この頃はもう何代めの坂丘になるか判明しないが)、奇跡とも呼べる、革命の時代をもたらした。
信長へ、軍艦の供給、近代武器(長い槍や火縄銃)を提供し、武家社会を崩すことを目論んだのだ。それは、三種の神器への道(壇ノ浦で沈んだのはレプリカであった)、そして蓬莱の浮上への道へ近づくという野望を、信長という無神論者、または伝統からズレた武人が達成してくれるのではないかと期待したわけであった。
信長はそもそも、日本の伝統を理解できない、アスペルガー症候群もしくは発達障害ともいうべき存在であった。これを、心理学者もしくは精神医学者の冷静さと洞察力で見抜いた坂丘は、信長への支援にまわった。
その頃、高野山と比叡山は、団結していて、武士による破壊、すなわち坂丘に対する結界が壊れないように維持していた。ところが、坂丘の野望により、比叡山が壊滅させられたのだ。幸いというか、密教と修験道の縁のある、明智光秀が、修験者達からの密命により、本能寺にて信長を暗殺することで、高野山の壊滅は避けることができた。後に秀吉が高野山の武装解除を迫り、無条件降伏をおこなうことで、結界が破壊されることは免れた。
信長が存命中に、安土城が築城され、五元素に対応する五重構造と多面体による、蓬莱浮上計画は、着々と進められていたのだ。天守閣となる七重、六重の層へ、三種の神器と岩笛演奏者を配置することは、信長のシナリオにもあったのだ。
しかし、光秀が信長を暗殺し、安土城も焼き払うことで、坂丘の野望を阻止した。
秀吉がどこまで、坂丘の野望を知っていたかは、定かではない。おそらく、信長から継承できたのは、皇室に近づくということで、秀吉自身、その真意を知らなかったのは、その後の朝鮮出兵などから分かる。
徳川家康は、幼少の頃より戦嫌いであった。戦のない世の中を作ることをひたすら願っていた。坂丘は、信長破れたあと、家康に近づく機を狙っていた。しかし、南光坊天海こそ、空海大師の継承者のひとりであり、天海と空海という固有名の類似性こそが、それを示している。すなわち、天と空を交換することで、成立する命名規則。ふたつの文字は、つまり、同じものを指しているのだから。
光秀を救出できなかった天海は、家康と坂丘との接近を阻み、家康を皇室、つまり三種の神器から遠ざけること、すなわち、東へと遠ざけることを画策した。
伊賀ものを使っていた家康は、伊賀一族と縁の深い、修験者達とも幼少の頃より縁があり、修験の者達より紹介され、天海と知古になれたのだった。実際、天海は、表向きは天台宗、比叡山の座主となっていたが、すでに真言密教の達人であった。高野山からの密命を帯び、坂丘に キズカレナイ為のカムフラージュでもあった。
老齢に達していた家康は、天海の語る風水やユダヤ教(ダビデ王族)の話に興味を抱き、孫の家光の相談役まで頼んでいた。
信長と秀吉がまだ、成仏していないという話を信じた家康は、夜の厠が怖くて、これは幼少からの悪癖なのだが、天海に相談したのだ。天海は、坂丘と皇室から遠ざける格好の機会とばかりに、思い切って、東国、つまり、穢土(江戸)に城を築くとよいことを教えた。また、鬼門である丑寅金神の東照宮に、神社を作って守護神となれば、子々孫々の代を永久に見守れると諭した。
天海は一方で、坂丘の力を封じるために、鎖国を進めた。密貿易を禁じることで、坂丘一族の財力の増大を防いだのだ。かくして、江戸幕府が始まり、維新になるまでは、坂丘一族は、蓬莱浮上への野望を封じられていた。
維新の契機が、土佐藩と長州藩にあったのは、やはり厳島神社を中心にした、蓬莱浮上の伝承が、海外から渡来した、坂丘一族のルーツ達と関わりのある外国人たちによってもたらされたためだった。さすがに、海外の坂丘一族の縁者の動きには、密教僧や修験者達も、阻止しきれなかったのだ。
「かくして、今、坂丘一族は長年、機を狙っていた、蓬莱浮上の計画を実行し始めたわけです」と龍仁は、あんぱんを三つ食べた後、豆乳をごくごくと飲んでから、鼻息を荒くした。
「坂丘は、田辺の台場以外の場所で、蓬莱浮上を画策していると思います」龍仁の言葉に、熊楠も鼻息を荒くして、「とにかくその場所を押さえるんや」と、あんぱんを頬張りながら、あんこを口から飛ばしながら、叫んだ。
書斎の外は、うす曇りになっていて、今にも雨が降り出しそうだった。庭の紫陽花は、空からの恵みを待っているように、花開いていた。
(次回へつづく)