ツァラトゥストラを探して 第一回
舞台の幕が上がり、皆と並んで観客席へお辞儀を二度おこなった。拍手がしばらく鳴り止まないのは、観客が父兄や家族だからだろう。観客は皆、期待と不安に満ちた顔と笑顔になっている。自分の子供を見つけた両親は笑顔になっているのだろう。ちょっと寂しい気もするけれど、これから始まるお芝居のことを思うと、緊張が走る。
出番は早い。なにしろ森の小鳥達の一羽の役なのだ。グレーテルの無邪気な台詞の後で、警告を発する役回り。
小鳥の着ぐるみを着て、三人で舞台の袖から、森の絵の前に走り出る。観客席は静かだ。樹林の絵が描かれた板の前で、三人集まる。やがて、ヘンゼルとグレーテル役の二人が舞台の中央に走りでた。観客席から拍手が起こる。グレーテルは言う。「あら、森の小道があるわ。この先にゆくと何があるのかしら」
さあ、自分の台詞を言う番だ。『森の中は危険よ。人食い魔女がいるのよ』
だが、口を開いても、声が出ない。観客席は静かに、自分の台詞を待っている。でも声が出ない。口をパクパクさせても、舌を歯のすきまにあてて、息をだしても音がでてこない。唇をこすり合わせるようにして、パの音をだそうとしても音がでてこない。
舞台にいる他の子達が、自分のほうを心配そうな顔で見ている。観客席からささやき声が聞こえる。突然、けたたましい笑い声があがる。あちこちから、自分を指差して、嘲るような声があがり、やがて、舞台となったホール全体が、嬌笑の渦となる。
誰か、誰か助けて。私は(je)、私は(je)...
眼が覚めたとき、ハンナは枕と人形を抱いて、汗をかいている自分に気づいた。カーテンの隙間から光が差し込んでいる。金色の髪の毛がいくつか、濡れた頬にくっついている。眼の下を手の甲でぬぐうと、涙の後もあった。また、嫌な夢をみた。
洗面をすませ、着替えをして廊下に出た。礼拝堂への渡り廊下をゆくと、杖をつきながら歩いているフリーダいた。フリーダに追いつき、前に出て、身体を向き直してお辞儀をすると、フリーダは優しい笑顔で、ハンナの為にフランス語で朝の挨拶をしてくれた。ハンナはいつものように、ちょっとはにかみながら、またお辞儀をして、挨拶に答えた。
ハンナ・ドットコムスキーは、失語症になって、もう一年が過ぎようとしていた。朝の光が、渡り廊下の横にある裏庭の楡の葉陰から、ハンナとフリーダ・オーベルバッハ先生に、降り注いでいた。
ワインなど、めったに口に出来ないため、今日はずいぶんとやってしまったと思いながら、心は陽気にややもつれた足取りで、ヨハネス・バウムクーヘン牧師は、下宿先のアパートの二階に到着した。ガチョウの首がついているポストの口から、クリーム色の封筒の端が飛び出していた。ポストの蓋を開くと、二通の封筒が入っていた。切手が両方とも、蝶の絵柄だ。消印は両方とも、バーゼル。差出人はと見ると、二通ともに、Fで始まる名前だ。ひとりは、フリーダ・オーベルバッハ。そしてもうひとりは、フランツ・オーヴァーベック。ヨハネスが心寄せる女性とヨハネスが長年恩師としているご老公からだ。なんという偶然であることか。バーゼルからここミュンヘン近郊の田舎町に、同じ日に二人のFから手紙ときたもんさ。ワインの酔いをさまさなあかんぜよ。
アパートに入ると、牧師の詰め襟服を脱いで、薄手のカーディガンに着替えながら、お湯を湧かし、居間にある祖末なソファに腰を下し、まずはフリーダ嬢からの手紙の封を開ける事にした。
フリーダ嬢は、バーゼルで孤児院の教師をしている。ミュンヘンの教育者の研究会で、三年前に出会ったのだった。美人というわけではないが、栗色の髪と灰色の眼がいかす感じの、活発かつよく酒に強い女性だ。あのときは、毎晩、深夜までビールを共にしたが、ベッドまでは供にできず、クリスマスには、バーゼルへ子供達のために、あるいは本音はフリーダに会いたいが為に、施設に訪れている。いまだ、またはいまどき?純愛な関係だ。フリーダにボーイフレンドがいない様子なので、ますます、やきもきするのだが、いまだ告白できない、甲斐性なしの牧師、悪友達からカラカワレテいる。
二人からの手紙を読み終えて、ヨハネスは、紅茶を啜って酔いを冷ましていた。
まず、フリーダが交通事故で、脚の骨にヒビが入った疑いがあるらしい。それはそれで一大事なのだが、「詳細は手紙では書けないの。でも、あなた以外にお願いできる人が思いつかなかったので、手紙を送った」らしい。肝心の用件が何かがわからない。フリーダの現在の状態ではできないので、ヨハネスに頼みたいことがあるらしい、ということしかわからない。何だろう、引っ越しでもするのかしら。重い荷物を運んで欲しいとか?
そして、ご老公、オーヴァーベック先生からも、「委細は手紙では書けないのだ。それに、差し迫っているのと、手紙が盗み読みされる疑いもあるのだ。とにかく、こちらにお越し願い、話を聞いて欲しい。君をおいて他に頼める人間が思い浮かばなかった」のだという。手紙が盗み読みされるというのが、変だなと首を傾げてみたが、何のことやら、さっぱりだ。ご老公ももうろくしたのかな。でもまだ、たしか六十代だったけれど。この間、友達のフリードリヒ・ニーチェの死去をとても残念がって、精神に何か異状でも起きたのだろうか。ニーチェ氏自身を、先生がトリノへ迎えにいったのが、もう十一年前になるのか。「ツァラトゥストラはこう言った」はよく分からん本だけど、読んでるうちに何か元気が出そうで、出ない?最近、ヨハネス自身、神について、その存在について、疑念だらけで、牧師をやってるのも、本心ではなく、他にしょうがないのだ。だって、じいさんの代から牧師なのだから。
どちらの手紙も「親愛なるヨハネス」で始まり、肝心の用件は直接会って伝えることだという。仕方がない。バーゼルにゆくしかない。明日は日曜日、説教は主任牧師のトニオ・バイエルン牧師にまかせて、旅立つ他ないだろう。バイエルン牧師ならバッハを一時間、オルガンで弾いた後で、激しい説教を開始するだろう。まあ、教区の信者達もたまには、激しいのも必要だ。ヨハネスのような若造の、といってももう四十歳なのだが、未熟な説教では、長老達やお歴々が居眠りしてしまうのでね。教会は睡眠所ではないのだよ。
こうして、ヨハネスは旅の支度をして、翌日のお昼には、ミュンヘンの駅からバーゼルへ向けて、汽車に揺られていたのだった。ま、気晴らしになるしねぇ。ヨハネスは小瓶のビールをラッパ飲みしながら、車窓を眺めていたが、山が続くばかりだった。
(次回へ)