ツァラトゥストラを探して 第二回
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ヨハネスの乗った客車は、三等なので、木製のベンチで、車体が上下すると尻に響く。幸い、客車には一人だった。旅は道連れ、世は情け。同乗者と肩を並べてバーゼルまでは、十何時間もかかる道中、少しは気楽かもしれない。シュミット式蒸気機関の威力でも、駅を乗り継がねばならないけれど。
駅に停車するたび、ヨハネスは客車の外へ出ては伸びをしたり、他の客車の乗客達の顔を眺めたりして、尻の痛みを少しでも和らげようと努力した。駅では、売り子からビールを買ったり、蒸しパンなどを買ったりして、発車までの間、のんびりと歩き回った。
そんな退屈で長い旅なのだが、バーゼルで会う二人のことを考えると、一体どんな用件なのか、興味が膨らんできて、退屈さも旅の長さも感じないようになる。
ミュンヘンを出発してから数時間、マンハイムに着いてから、公衆トイレへと駆け込み、溜まりにたまったビールによる膀胱の緊張を緩めてやり、ホット人心地つけてから、りんごとなしを買って、客車に戻った。戻る途中で、手の甲を押さえながら、後ろを振り向いて走っている目深な帽子をかぶった男と危うくぶつかりそうになり、ヨハネスは脇にどいた。男はヨハネスに謝ったが、なぜか今度は、ヨハネスの顔をまじまじと見ると、驚いた表情をして、ふたたび慌てて走り去っていった。ヨハネスは首を傾げながら、男の背中を見ていた。
客車に乗り込むと、ヨハネスの荷物の横に黒猫が一匹、荷物番のように座っていた。猫の分の乗車賃を取られてはたまらないので、猫を客車の外へ出そうと思った。腕に抱えている、果物の入った紙袋をベンチの上に置いたら、汽車の汽笛が鳴り、列車が動き始めた。
「俺をほっぽりだそうたって、汽車は走りはじめているぜ。この猫殺し野郎が」
「え?」ヨハネスは、後ろを振り向いた。だが、客車のドアは閉まっていて、誰もいない。しかも、たしか「俺」って言わなかったっけ?
「言ったよ。俺だよ、俺。お前の荷物の番をしといてやったんだぜ。何か褒美にくれてもよさそうだがな。え、貧乏牧師さんよ」
ヨハネスは、自分の頭の中に直接聞こえる声に、そしてベンチの上に座っている黒猫のほうをまじまじと見て、「こいつ?」と口走ってしまった。
「おっと、こいつ呼ばわりかい。でも、さっき貧乏牧師さんの荷物を取ってゆこうとしたコソ泥の手の甲に、俺様の美しき爪痕を刻みつけといてやったぜ」
「え?」さっき、手の甲を押さえて走り去った男のことを思い出した。
「おまえさんは、何かい。《え》と《おまえ》しか言えないのかい。挨拶もできないとは、何てぇ礼儀知らずときたもんさ」
「え?」と言ってしまってから、ヨハネスは、この状況に何故か冷静になれる自分を発見したような妙な感じ。であわてて言葉を紡いだ。
「いや、これは失礼。荷物をありがとう。ぼくはヨハネスだ。ミュンヘンからバーゼルへ行くところさ」と言ってから、何か自分が間抜けな感じがしないでもないのだが。
「やっとこさ、挨拶らしいくなったねぇ。俺はノワール。俺もバーゼルにちょいと用事があるんだ。この鞄の中に、ソーセージかにしんの薫製かなんかないかい」
ヨハネスは、サラミをベンチの上に出してやった。ノワールは一声、ミィアウと鳴き、サラミを食べ始めた。どこから見ても、普通?の黒猫なのだが。それとさっきの男は何者か。ヨハネスの顔を知っていたような気がした。何か変な、あるいは奇妙な状況になってきている。普段なら本心から祈らないのだが、今日に限って、ヨハネスは思わず、天に召します我らの神よ!と祈ってから、りんごをひとくち齧ったのだった。酸味のあるリンゴこそ、我らの神の造りたもうたものなり。隣でサラミをぱくつくノワールもか?