ツァラトゥストラを探して 第三回

前回

 あれから十数年もしてから、ハンナはあの時の自分と自分をとりまく状況についてやっと意味が分かったのだった。それまで、自分の身に何が起きたのか、ぼんやりとおぼろげにしか理解できなかった。
 けれども、両親と母の弟であるクロード伯父夫妻と死別したことだけは理解できた。
 灼熱の土地、アフリカには、クロード伯父夫妻の新婚の祝いも兼ねて、ハンナと両親、そして伯父夫婦の五人で到着した。戦乱が始まる噂はあったのだが、あのときはまだ分からなかった。そして、母方の祖母のいるモロッコへと旅立とうというその前日に、宿が炎に包まれ、両親と伯父の妻と分かれることになってしまった。砲弾が炸裂したのは、夜中のことだったらしい。寝ぼけてまだ眼がさめていないハンナを、父母が手を引いて避難をした。伯父夫妻も一緒に、炎に包まれた廊下を走った。ハンナは恐怖で、とにかく大人達に頼るしかない。胸に熊の人形を抱き、炎の中を走った。
 階段の踊り場にたどり着いたときに、建物全体が大きく揺れた。その後、何があったのか、記憶はない。それに続く記憶といえば、クロードおじさんとハンナの二人が船上で、大勢の避難民と供に、広い場所で毛布にくるまっている風景だった。クロードおじさんは眠っていて、頭に血の滲む包帯が巻かれていた。ハンナの毛布には、熊のぬいぐるみがあった。ぬいぐるみを抱いて、ハンナは毛布を抜け出した。
 同乗している他の人々は見知らぬ顔ばかりだった。父母とクララおばさんの顔を探して、大勢の人達の間を歩いた。しかし、父母もクララおばさんの顔もなかった。
 後から、船上で、父母とクララおばさんの死を聞いたとき、涙は出なかった。すでに、ハンナは声を出すことができなかったのだ。それだけでなく、何か空虚感のようなものに包まれてしまった。昨日までの幸福感が突然、無に変化したことの急激さが、ハンナを何も理解できない世界へと移動させられた気がしたのだ。
 それからは、エジプトを経て、イタリア、そしてスイスのバーゼルまで長い旅だった。途中で、クロードおじさんは、怪我の悪化により、ローマの病院で亡くなってしまった。ほとんど立つことができない状態にまで衰弱していたのも、死を早めてしまったのだろう。
 話すこともできず、身分証明書もないハンナは、それでも自分の名前を綴ることはできた。イタリアの移民管理局は、ハンナの身元を調べたが不明だった。ハンナ自身、住居はアフリカだったり、フランスだったり、父親の仕事の関係上、転々としていたので、はっきり住所を書くことはできなかった。まだ、年齢も九歳になったばかりだった。
 姓名のドットコムスキーから判断して、スイスのバーゼルに移送されることになった。まだ、社会の仕組みを理解していない年齢だったので、身元を示すもののないハンナにとって、大人達のなすがままに、従うしかなかった。
 両親と声を失ったハンナは、バーゼルにある孤児院施設へと送られたのだった。
 あれから一年、不幸な中でも幸い、フリーダ先生が、ハンナにとって母親のような存在に感じられ、手紙の形で、毎日、フリーダ先生に感謝の気持ちや日々の悩み、思ったことを伝えた。翌日のお茶の時間に、フリーダ先生は、丁寧にハンナの手紙について、答えてくれた。ここに来たおかげで、ドイツ語も少しずつ分かるようになった。
 だが、言葉のハンデの為に、友達はできずにいた。年齢もお互い異なる子供同士なので、なかなか打ち解けなかった。言葉、声というのが、人とのつながりには欠かせない。
 そんな日々の中で、ようやく一年が過ぎようとしていたある九月の昼のことだった。
フリーダ先生が、とても嬉しそうな様子で、ハンナを施設の裏庭にあるベンチへ誘って、「とてもいい知らせがあるのよ」と言った。
 ハンナの祖母が、モロッコにいて、一年前からハンナの行方を探していたという。ヨーロッパ、特にフランスを中心に孤児院施設を探したため、発見が遅れたが、ここバーゼルへも問い合わせが来て、姓名、年齢が一致しているので、ハンナに間違いないと、フリーダ先生が言う。照会の手紙を送り、ハンナの写真がないか、アンナ・ラフォレ、つまりハンナの母方の祖母へ問い合わせたという。
 アンナの顔をおぼろげに思い出した。母の面影があるが、ちょっと厳しい人だった記憶がある。モロッコの様子は少しだけだが、思い出していた。まだ、三回ほどしか訪れていなかった。
 数日して、フリーダ先生は辻馬車をよけようとして、道路の溝に脚を突っ込んでしまい、脚の筋を痛めてしまった。杖をつく日々に変わっても、アンナ・ラフォレからの照会の返事と一枚の写真が送られて来た日には、まるで我が事のように喜んでくれた。
 手紙に同封された写真は、ハンナが七歳の誕生日のときに、ハンナの母が祖母へ送った写真だった。写真にはハンナ・ドットコムスキーの顔が、まだ幼いながらも、本人であることを示すように、写っていた。
 祖母からの手紙には、孫に会いたいので、モロッコまで誰か可能であれば同伴願いたいこと。旅費と宿泊費用と謝礼を払うとあった。また、アンナ自身、病床の身であり、また身内は今、ハンナひとりだけであることも、手紙に書かれていた。アンナ・ラフォレの夫、ハンナの祖父アベルは、フリーダ先生によれば、貿易会社を設立し、オリーブでひと財産築いたらしい。
 ハンナが生まれてから、祖父アベルは二年で死去しているため、ハンナは祖父に会う機会はなかった。ハンナの誕生した年には、祖父からたくさんプレゼントがあった。その中のひとつが、熊のぬいぐるみだった。オリーブ色した熊の可愛らしい顔が気に入って、寝床でいつもハンナを安心させてくれる。
 フリーダ先生によると、モロッコまでハンナを送ってくれる人間が、今、こちらへ向かっているという。その未知の人間(牧師さんだとフリーダ先生は言った)を、ハンナも待つ事にした。死んでしまったクロードおじさんの顔を自然に思い出していた。牧師は日曜日に説教をする、白髪の厳格そうな老人以外は知らない。一緒に旅をする牧師も同じような人間なのだろうか。家族との旅しか知らないハンナには、不安だった。旅への不安が心をよぎったが、アンナに会えるということが、唯一の身内に会い、家族の生活を始められる期待が、不安を和らげてくれるのだった。