今、小説の舞台をちょうど、1900年のヨーロッパ(それとモロッコ)にしている。

調べごとが多いが、知らないことが続々と。

いったい、高校生のときに、世界史をやったんだっけ、というほど覚えてない。
逆に言うと、新鮮なことばかり。

ミュンヘンひとつとっても、バイエルン王国とかいう話が出てきて、言葉としては聞いていても内容がついていかない。

早速、世界史年表なんぞを買ってきて、ほおほおなるほど、と関心している日々だ。
ちなみに、世界史年表は、吉川弘文館発行のものが、時代ごとの地図(地形が変わるのではなく、地名が変わるのだけれど)が載っていて、また、新宿紀伊国屋本店で山積みになっていたので、早速買ってみた。
 見開き二ページで、東アジアの中に日本も入っていて(1900年頃は、日本帝国なのだった)、同時代も分かり、とても重宝している。

なんせ、今度の小説は、ヨーロッパとアフリカ(モロッコ)を舞台にしているので、地図と年表がたより。

地理を知る方法として、他には、旅行ガイド、それから紀行文。それと、1900年の頃としては、小説で当時の風俗、町並み、ファッション、交通が分かる。意外なツールだ。
トーマス・マン、ヘルマン・ヘッセ、リルケなどなど。

そして、インターネットでしょうね。筆頭がWiki。しかし、wikiは実は断片的なのと、偏っていることが不便で、体系的にまとまっているのは、本であることを改めて知った。
しかし、小説の場合、断片的な知識がいろいろと役に立つ場合もある。
これが小説の強みだ。まとまった論文とかレポートとかだと、こうはゆかない。

一説によれば、かの司馬遼太郎は、トラック一杯分の古書とか資料を、新作の執筆のたびに購入して、執筆が完了すると、売り払っていたらしい。本屋さんにとって、経済効果に貢献していた人として、筆頭なのではあるまいか。

しかし、わたくしにはむりだなぁ。第一、購入資金がないのは言うまでもないけれど、大量の資料を眼の前にすると、おそらくは、眠くなるだうから。で、明日からやろうね。と自分に言聞かせて、今日は長い調査の前に、軽く一杯なんぞと、自分を甘やかし、やはり飲んだあとで、寝てしまうのだろう。どちらにしても、寝てしまうのだ。

時代小説を読むために、最近はいろいろと、資料が豊富になってきた。
江戸ものだと、地図がいくつかでている。江戸時代の地図は、時代小説を読みながら、今でいうとどのあたりかがわかる。
野次馬根性があるので、実際に出かけてみて、ほおほおなるほどね、などとひとりごちていることもある。
そして、時代小説を書くなんて大変だねぇと、人事にしていたら、ブログで自分が書くはめになり、年表、地図をめくりまくる日々?

歴史といえば、小学校のときに、「新平家物語」がNHKの大河ドラマでやっていた。当然、小学生のわたくしには、ほとんど理解ができなかったのだが、テレビの画像に、武士の着ている鎧かぶととか、平家の着ている貴族の着物など、ようするに、衣装に興味がでて、歴史が好きになっていた。

ファッションから見たヨーロッパの歴史なんていうのも面白いのかもしれない。
「アマデウス」という映画で、音楽家のモーツァルトを脇役(主役はサリエリという宮廷音楽の大将---職人さん風に、えらい人は大将と呼ぶ)にした話で、カツラを新調する場面がでてきて、ははあ、あの頃の人たちの肖像って、妙に皆髪が長くて濃いなあと思っていたら、ズラだったのか。白人だから毛が濃いものと勘違いしていた自分を発見したりした。

というように、この場合は映画から、時代考証をしないでも、教えてもらったわけだ。
だから、映画というのも、時代考証のツールとして、役立ちますねぇ。

すると、テレビの時代劇も、時代小説のツールになるわけだ。
岡引きがどんな格好しているかとか。それと図鑑をあわせてみると、なるほどなるほどとうなづいている自分を発見したりする。(また、自分か?)

また、1900年代初期のアフリカなんて、現地の人だって知らない話を、なぜかフランスの作家アンドレ・ジイドが「コンゴ紀行」「続コンゴ紀行」(いずれも岩波文庫)を書いていたりする。こちらは、今度の小説の舞台より、ずっとアフリカ奥地になり、とても怖い場所なのだが。
昔のモロッコの話を知りたい場合には、結構、モノクロの頃のDVD映画が役立つ。
「カスバ」「サハラ」などなど。
岩波新書(青版)に「モロッコ」という本があり、第二次大戦前のモロッコへ著者(山田吉彦)自身が見聞した資料となり、読んでみると結構、猥雑な様子が書かれていて面白い。

1900年頃の日本といえば、明治時代の後期になってきて、混沌とした頃のようだ。、
それは日本にかぎらず、世界が混沌とした時代だったのだなぁと。
ちなみに、1900年はニーチェの死去した年でもある。
中国は清王国。
世界最初の飛行船が作られた年でもある。

まぁ、こんなところで、小説を再び書かないと、抑圧が高まってしかたがない?
ドゥルーズ、ガタリの「カフカ」(法政大学出版)にこのあたりの秘密(文学と抑圧)が書かれているので、興味のある方、ぜひご参照ください。

こんなところで、本日の愚痴?は終了。