第九回
第一回
前回
第一回
前回
あのヨハネスという牧師らしからぬ感じの、確かにノワールの言ったように頼りなげな大人と、初めて会ったときから、すでに四十五年の歳月が流れた。ハンナはあの頃の事を懐かしく、またたゆといような感じとともに、思い出している。机にはオリベッティのタイプライターがあり、数枚の紙に、四十年以上前の紀行の数々について、断片的な草稿を打ち出していた。
そして、三人が写っている数枚の写真。モノクロームの写真が数枚ある。三人ではなく、正確には二人と一匹なのだが、そう、ハンナにとって、モノクロームの写真の中でさえ、そのオリジナルな色を出しているノワールは、彼女にとっては、友人なのだ。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。この言は、初めに神と共にあった。」
「神から遣わされ一人のひとがいた。その名はヨハネである。彼は証をするために来た」
ヨハネスという名から、ハンナがあのとき連想した、ヨハネによる福音書の冒頭。まさに、声のでない、つまり、言を失った状態のハンナにとって、ヨハネスはヨハネだったのだろうか。
タイプを叩く手を休めて、ハンナは灰皿の上で煙をくゆらせる煙草に手を伸ばし、窓の外に見えるマロニエの木を眺めながら、あの頃のこと、二日ほど、ヨハネス牧師がチューリッヒに出かけていた間のことを思い出した。
ハンナの父は、オーストラリアのカンガルーの話をよくしてくれた。モノクロ写真に撮影されたその奇妙な動物。二本脚で立ち、何よりもそのエプロンのポケットのような袋に、自分の子供を入れいる姿が、ハンナの印象に強く残っていた。だから、声が出なくなり、施設で筆談用の紙の束を、フリーダの作ってくれたエプロン、前掛けのポケットに紙の束を入れておくのが気に入っていた。カンガルーみたいに、声では伝えることのできない言葉を、紙に単語を書いて、伝えることにしていた。フリーダは、服飾が好きで、施設の子供達に手製の衣服を季節ごとに作ってくれた。
ヨハネスがチューリッヒに出かけた日に、午後の読書時間のとき、ノワールがハンナの部屋へ訪れた.
「お、アリス君、今日も読んでるね。面白いかい」
「(面白いよ。わたしアリスのお話が好きなの。全然あきないの。フランス語を忘れないため。わたしの心の声はフランス語なの)」
「なるほど。俺も君とかヨハネスと話すときはフランス語を使っているね」
「(わたし、モロッコへ行くの。おばあさんがいるんだって)」
「モロッコか。いいところだね。なんせアフリカは、俺たち猫族はえらく崇拝されているんだぜ」
「(エジプトのお話ね。スフィンクスでしょ。知ってるわ、わたし一度、エジプトへ行ったことがあるんだけれど、小さい頃だから、あんまりよく覚えてないの)」
「俺も、たぶん、君たちへついてゆけって、心の声が強くささやくんだよ」
「(ノワールも一緒に行こうよ。話せる友達って、今はノワールしかいないのよ)」
「そうかい、まあそんな気はしていたのだがね。で出発はいつ頃かな」
「(たぶん、明後日だと思う)」
こんな会話ができることに、あの頃のハンナは何の疑問なく受け入れることができたのは、まだ子供だったからだろう。
そして、二日後、ヨハネスが帰ってきて、その夜は施設でお別れのパーティーを催してくれたのだった。フリーダも、女性の職員、施設の子供達も、最後は涙をうかべて、別れを惜しんでくれたとき、ハンナは心から嬉しかった。身内のような気持ちが芽生えたのも、あの夜の雰囲気だけではなく、一年を寝食を共にしてきたおかげだと思う。
それにしても、そんな感傷的な雰囲気の中、あのヨハネス牧師は、酒に酔い、まるで地獄の黙示録のように、アルコールの廻った頭と臭い息で、子供のような寝顔を浮かべ、大きなイビキをかきながら眠り込んでいた。イビキの度に上下するお腹の上には、ノワールが丸まってやはり眠りこんでいた。
それが施設との最後の晩であり、その翌日からハンナは、ひとりと一匹と共に、南仏へ縦断していったのだ。
※文中の引用 聖書 日本聖書協会から