頭で考えた今のところ、何もない、少なくとも私がないのが一番良かった(問題がなくて平和)だろうって結論。
もともと存在する仕組みにすごく抵抗したい性質で。でもその抵抗にも抵抗してもいいのかな?
じっさい私はあってしまったので、いくらか配慮した上でごちゃごちゃ言いたくなってしまう。
心変わりは悪ですか?と書いたからと言っても、最近心変わりしたとは限らない。
少なくとも、心変わりについて書きたくなったとは言える。
今までを振り返れば、たくさんの気持ちの変化をへてきた。
・その気持ちは本当ですか?
・強いんですか?
・ずっと続きますか?
・一番ですか?
・一つだけですか?
みたいに詰められたような気がしたこと、多くはないけれど何回かはある気がする。広めに数えたら多いか。
そういうことがあったからか、もともと自分自身そういう確認をする性質だったのかどっちかはわからないけど、確認しようとすることも多い。
確認して確信できることは少ない。
私は、絶対的に正しい、間違ってる、美しい、美しくない、良い、悪い、などはないと思うようになったから、そもそも確信するってことが滅多にない。
だからできるだけ結婚したくない、というところはある。嘘になる可能性が高いというか、責められたくないというか、手続きがめんどくさいというか。ふらふら自由なのが向いてるのか。ヘリウムガスが何十年ぶんもつまった風船に似ているのかな。
ただどうしてそういう疑問文が浮かんだり確認しようとしたりするかというと、やっぱり憧れるからだろうか。
長く続く変わらない一つのものに
人にもよるだろうし、そんなのはほとんどないかもしれなくて、あるかもしれないし、よくわからない気持ちになることが多いけれど、憧れてしまうことは「確か」に近いのかな。
それは一人でもできるもので、めんどくさいししなきゃいけないことでもないけれど、どうしても見ようとしてしまう。
しょうがない生き物
しょうがない私
せずにいられないことは人によってぜんぜん違う。