掲載されました、中国新聞文化面「緑地帯」 「バンクーバー朝日軍と希望の橋⑥」 より
日本人の記憶から消えてしまいそうな70年前の出来事。原爆の子の像は、広島で両手を広げ、永遠の平和を願い続けている。その存在は有名だが、今の日本の子どもたちにはあまり知られていない。
教師だった守屋敦子さんが、オーストラリアに渡った時に問われた「Do you know Sadako?」。被爆し幼くして亡くなった佐々木禎子さんの話に関心を持った守屋さんは、教師を辞めて出版社を立ち上げカール・ブルックナーの「サダコ」を復刊。彼女は晩年、自分の時間のほとんどを平和活動に費やした。
何が彼女を突き動かしたのか。彼女は教師である。未来を担う子どもたちに、「平和の大切さ」を伝えなければという思いが形になったのだと、彼女の著書を読むと感じ取れる。守屋さんは2007年、亡くなった。ピアニストで作曲家の守屋純子さんは亡き叔母をしのび、楽曲「A thousand cranes~千羽鶴」を書いた。
彼女は世界で最も権威のあるジャズのコンテストで作曲賞を受賞した経歴を持つ、尊敬する先輩である。私はこの曲に日本語で歌詞を書かせてもらった。カナダ移住した私の祖先が撮った「90年前の広島の映像」。そこから感じた「街の様子は変わっても、家族は集い、子どもたちは笑い、はしゃぎ、遊ぶ、その姿は今も昔も変わらない。平和であれば永遠に子どもたちの笑顔は守ることができる。」私はそのメッセージを、未来へつないでもらえたら、と願いながら。
小学校での授業と、「A thousand cranes」レコーディング参加してくれた200名の子供たち
ジャズミニアルバム「A thousand cranes~千羽鶴」



