中国新聞文化面「緑地帯」 「バンクーバー朝日軍と希望の橋④」
「うちの中につららがはえてきたよ。」上西功一さんたち日本人が収容されたのは、息も凍る場所だった。「でも、いいんじゃ。ぼくには野球がある。」功一さんはくじけず、野球を続けたのだった。
ある日。「僕も野球が大好きなんだ」と、真っ白な歯を見せて笑う、カナダ人と出会う。監視役のダウリングさんだ。2人はすぐに意気投合。「よかったら、僕たち日本人のチームと、あなたたちカナダ人のチームで野球の試合をしませんか?」功一さんが提案した。
しかし、時は戦争中。日本人が暮らす収容所と、カナダ人が住む町の間には大きな川が流れ、橋が架かっている。そこは『自由の境界線』と呼ばれ、日本人が越えることは許されていなかった。ダウリングさんはみんなを説得しようと、町を走り回った。「日本人は悪いやつじゃない。ぼくたちと同じ人間なんだ。野球をすれば分かる」。気持ちは町の人たちにも伝わった。日本人たちは橋を越え、野球を通じて心を通わせ、町に笑い声があふれた。功一さんはダウリングさんと硬い握手を交わした。
時がたち、功一さんも随分年を取ったが、今でも浮かぶダウリングさんのあの笑顔と、心の声。「もし、君が傷ついて泣きそうになったり、だめになりそうな時には、僕はこの大きな川に身をよこたえて橋になろう。そうすれば、きっと君は明るい未来にむかって旅立つことができるだろう。だって、きみはぼくの永遠の友達」。収容所のあったリルエットの町。かつて日本人とカナダ人の心をつないだあの虹の懸け橋を、今は誰もが自由に行き交っている。
「にじのはし」はコンサートや、小学校でリーディングさせて頂きました。歌詞が「明日に架ける橋」とリンクしたので、歌を添えて。
明日、8/15終戦記念日には7回目の連載。是非、中国地方の方は新聞をご覧になって下さいね。
~8/12 掲載となったものより。
