近頃、『鼻毛通知代行サービス チョロリ』なるものがツイッターを賑わしており、リリース後一週間で一二万件の反響があったと知った。
それは何かと言うと、本人が気づかずに鼻毛をのぞかせている知人のために
「鼻毛が出てますよ」
と、なかなか自分では言いづらい人の代わりにお知らせをするメールで、どうやってメールを送るかといると、あるサイトに「鼻毛通知依頼書」なるフォームがあり、必要事項を記入して送信すると、知らせたい人にお知らせメールが届くというものである。なんとも、なんだ、というものだ。
しかし、これは画期的と言えば画期的だ。よほど親しい間柄でない限り、なかなか、「あなた出てますよ」
と言えるようなことではないので、誰かが自分のためにそういうお知らせをしてくれるのなら、言いたくても言えない気持ちは報われるし、それで鼻毛に気づいて手入れするとなれば、その人にとっても良いことなのだろう。多少、いや、人によってはかなりショックかも知れないが・・・・・・。
今後、英語版や中国版も出る予定だそうだ。英語版はかなり受けるだろうと思うが、中国ではどうだろうと、個人的に一寸心配はある。
というのは、もう十年以上前の話だが、中国人の知人が、それこそワサワサと鼻毛を出し放題にしているのを見つけて、これは言ってあげた方が良いだろうと、さらっと何気なさを装って指摘したことがある。するとその知人は
「鼻毛は抜いてはいけない。身体に悪いのだ」
と、ばさばさの筆先のようにフラッシュしていた鼻毛を、鏡の前で指でこよりにして、鼻の穴に押し込めた。そして、全然隠れない鼻毛をまったく意に介さず、むしろ、お前は何を言いたいのだ、という風情でわたしを見ると、そのまま堂々と鼻毛を誇示するかのごときドヤ顔で行ってしまった。その知人はそのとき二十歳台だったので、いわゆるオヤジ的感覚を持っているとは思えないし、一見おしゃれな方だったので、そのときは、ああ、これは中国的には無問題なのだろうと、無理に納得したものだ。
そういえば、香港映画なんかで、活きぼくろから毛が生えているオッサンがよく描かれている。あれなんかも同じ理由で、わざと抜かないのだろう。女が生理中は髪を洗わないとか昔ばあちゃんが言ってたことにも共通するのかも知れない。昔から根拠がよく分からない、決まり事のようなものはたくさんあるし、鼻毛だって、出てて当たり前と思う人も、まだまだ世界にはたくさんいるということだ。
そもそも、鼻毛がはずかしいという感覚は、いったいどこらあたりの感覚なのだろう。
それは何かと言うと、本人が気づかずに鼻毛をのぞかせている知人のために
「鼻毛が出てますよ」
と、なかなか自分では言いづらい人の代わりにお知らせをするメールで、どうやってメールを送るかといると、あるサイトに「鼻毛通知依頼書」なるフォームがあり、必要事項を記入して送信すると、知らせたい人にお知らせメールが届くというものである。なんとも、なんだ、というものだ。
しかし、これは画期的と言えば画期的だ。よほど親しい間柄でない限り、なかなか、「あなた出てますよ」
と言えるようなことではないので、誰かが自分のためにそういうお知らせをしてくれるのなら、言いたくても言えない気持ちは報われるし、それで鼻毛に気づいて手入れするとなれば、その人にとっても良いことなのだろう。多少、いや、人によってはかなりショックかも知れないが・・・・・・。
今後、英語版や中国版も出る予定だそうだ。英語版はかなり受けるだろうと思うが、中国ではどうだろうと、個人的に一寸心配はある。
というのは、もう十年以上前の話だが、中国人の知人が、それこそワサワサと鼻毛を出し放題にしているのを見つけて、これは言ってあげた方が良いだろうと、さらっと何気なさを装って指摘したことがある。するとその知人は
「鼻毛は抜いてはいけない。身体に悪いのだ」
と、ばさばさの筆先のようにフラッシュしていた鼻毛を、鏡の前で指でこよりにして、鼻の穴に押し込めた。そして、全然隠れない鼻毛をまったく意に介さず、むしろ、お前は何を言いたいのだ、という風情でわたしを見ると、そのまま堂々と鼻毛を誇示するかのごときドヤ顔で行ってしまった。その知人はそのとき二十歳台だったので、いわゆるオヤジ的感覚を持っているとは思えないし、一見おしゃれな方だったので、そのときは、ああ、これは中国的には無問題なのだろうと、無理に納得したものだ。
そういえば、香港映画なんかで、活きぼくろから毛が生えているオッサンがよく描かれている。あれなんかも同じ理由で、わざと抜かないのだろう。女が生理中は髪を洗わないとか昔ばあちゃんが言ってたことにも共通するのかも知れない。昔から根拠がよく分からない、決まり事のようなものはたくさんあるし、鼻毛だって、出てて当たり前と思う人も、まだまだ世界にはたくさんいるということだ。
そもそも、鼻毛がはずかしいという感覚は、いったいどこらあたりの感覚なのだろう。