どうやら、まだないようだ。
左利き用の計算機。
そもそも私は思っている。左利きだろうが何だろうが、字は右手で書くべきだ。字は右手で書くようにできているのだから。だとすると、右で字を書いている間、左手はする事がない。
せっかく左利きなのだから、右手で書いて左手で消しゴムを持つ事も、電話を取る事もできる。
そこに計算機があれば、計算機だって打てる。
しかし、その計算機も右手で使いやすいように数字が並んでいるのだ。
まあ、慣れればなんてことない作業ではあるし、実際みんな慣れるからこそ、わざわざそんなプロダクトを要しないのだろう。
だけど、左利き諸君!
ここに「+」があればいいのにな、とか、字が反対に並んでいると打ちやすいなとか、思った事はないだろうか。私が社会に出て最初に思ったのは、それだった。今では、その計算機も左手でブラインドタッチで扱う事ができるけれども、未だに欲しいな、左用計算機。
誰か作ってくれないかな。
左手で字を書く左利き諸君には必要ないのかな。
どうだろう。
ちょっとは売れると思うんだけどな。
アナウンサーの発音については、以前にも書いた事がある。
別に目くじらたてて聞いている訳でもなく、普通にTVを見ているときに耳に飛び込んでくるんだから仕方ない。今、WBCのキューバ戦を見ていてがっくり来たので、ちょっと書き出してみましょう。
「前回のWBCでは、ダルビッシュが残念ながら3点の失点。…… さあ、サムライジャパン、日本の攻撃です」
これが
「zheん回のWBthiでは、ダルビッthuがzhaんねんながらthaんてんのthiっtheん。…… thaあ、thaむらいジャパン、日本の攻撃でthu。」
と、こうなる。
文字化けしているのではない。アナウンサーがこう発音しているのだ。
ちなみに、今しゃべっているのはTBSの林正浩さん。
彼ひとりじゃない。
最近特にひどい。
あんたもか!! と悲しくなる。ニュース、スポーツ中継を聞いていて、ほぼ半数以上のアナウンサーがこんな発音をするようになった。天下のNHKさんまでもが。
しかも、どうどうとおおっぴらに。自信もってしゃべってる。
福君だらけだ。
福君はまだ子供だからおおめに見るし、それがかわいいとさえ思う人もいるだろう。
個人的には、誰か今のうちに直してあげてほしいと思っているけど。
大人になってからあれじゃあ、かわいそうだから。
どうしても、毎朝TVを消したくなるほどイライラするのがTV朝日の吉澤一彦さん。
彼の場合、さ行とタ行の音が続くと、音が滑って一音消えるという症状もある。どうしてあんなに滑舌の悪い人がアナウンサーをしているのか、もっと練習すれば?と思う。
そんな人が上の地位にいるから、このごろの新人さんは殆ど全滅なのかとも思える。
番組丸ごとアウトなこともあるし、これはもう、全国的に「th音推奨令」が出ているのではないだろうか。そのうちに、日本語のサ行とタ行はtha行に統合されるかもしれない。新しい文字が必要だ。
どうなんでthoうね。thuらい。(訳:どうなんでしょうね。辛い)
実名を挙げてすみません。お二人とも、ベテランで、指導的地位にいらっしゃるだろうから、申し訳ないとは思いますが、今の乱れはあなthaがthaのthoん在のtheいかもthiれまtheんよ。(訳:今の乱れはあなた方の存在のせいかも知れませんよ。)
「え、お会いしたのですか?」
昨日も聞いた。某ジャニーズタレントが、番組のゲストに対して言った言葉。
会話の相手が誰かに会ったということを言う時に、最近使われている。
しばらく前に、my favorite author である、有川浩姉の『県庁おもてなし課』でも、主人公がそう言った。彼女の場合は、わざと主人公にそう表現させたという可能性もある。いや、そう思いたい。彼女が文法間違えるはずが無い! と思い込みたい。
けれど、確かに最近巷では、「お会いする」を相手の行為に対して使う人が非常に多い。どうしてこんなに、みんな間違ってるんだろうと思っていたけど、今日はじめて気がついた。この言葉、尊敬語と認識され始めてるんだ。
言葉は常に変化するとは言われるけど、ここはまだ、変わっちゃいけないんじゃない?と思う。
人の行為に対して言う時は「お会いになる」でしょ。
とにかく、もう謙譲語と尊敬語がごちゃごちゃになっている現状は、恐ろしいぐらい絶望的だ。内も外も、上も下もへったくれもない。正確な敬語を使う必要のある職場においても、間違いが野放しで、平然とまかり通っている。まったくもって、寒い。
先日も、商談の相手に「伺われましたか?」と聞かれた。
そのとき私は、「はい、伺われました」と嫌味のつもりで言ったけど、その人は分かってなかったみたい。
「伺う」とは、「聞く」「訪れる」などの謙譲語であり、相手のことを言う時は「お聞きになる」とか「いらっしゃる」「お越しになる」という尊敬語を使うのだけど、その人は完全に「伺う」を尊敬語と認識しているようだった。
あるいは、「これ、召し上がってください」と言うことろで、「これ、いただいてください」と言う人も多い。なんだ、それ。だ。
いつかこれは、当たり前になるのだろうか。
そんな日が来る事がないことを祈る。
とにかく、「お~になる」と「~する」の使い分け、間違わないでほしい。
こんな事を言っている自分の日本語も、昔の人が聞いたら、何だそれは?と思われるのだろうな。