今日もあいにくの梅雨空ですが、急にまったりしたくて鹿嶋市のカフェに来ました
注文はやっぱりパンケーキ
お時間かかるそうなので
平日にカフェでお茶
なんて優雅と思われるでしょうが
カフェだと一人で色々考え事するのにい~いんですよ
でも今日はちと違うおはなし。
私の夫は国家公務員で私は料理教室をやってる…っていうと海外経験豊富なセレブな奥様がセレブなマダムたちと優雅に趣味でお料理教室をされてるなんて想像する方も多いかもしれませんが…
が
が
です
私の父は職人で優雅な暮らしをしたことなんぞあ~りませんよ
特に子供の頃のボンビー自慢ならたくさんあります
まず小学5年生まで住んでた家は借家でお風呂はあったけど別棟でした。しかも五右衛門風呂。最初のころは薪を燃やしてお湯を沸かしてました
トイレはもちろんポットン便所
下は汚物が海のように広がって
(お食事中の方失礼
)なんと私はそこに落ちたことがあるらしい




親から付けられたあだ名がなんとゆみこをもじって「うんこちゃん」コレ、ほんとなのよ~
畳はぶよぶよ。家の中を走ると天井から土が落ちてくるので、よく叱られました
我が家では食品偽装は当たり前
マーガリンはバター、ヒラタケ(エリンギみたいなきのこ)は松茸と呼んでました
熊本は馬刺が名物でたまに夕食で食べましたが、馬刺だと思って食べてたのが実はクジラの赤身の刺身だったり。当時はクジラのほうが安かったみたい
紅茶のティーバッグはひとつで家族5人分。たまごかけご飯もよく食べましたがなんと卵1個をこれまた家族5人分。どんだけ醤油入れたんだか
親戚の家で一人一個の卵かけご飯(しかも卵黄のみ)を食べた時は、「ここん家は贅沢~
」とびっくり
洋服も近所のお姉さんのお下がりをたくさん貰い(私は姉より体格がよかったので基本お下がりは無理なんです
)サイズが合わず、安全ピンで留めたり、穴の空いた靴下はもちろん縫って繕って履いてました
だから体育館や講堂で靴を脱ぐのがイヤだったなぁ~
私はあんまり覚えてないけどよく家がオンボロだからといじめられてたらしいです
うちの親は厳しく、友達の○○ちゃんももってるとかそんなことは通用するはずもなく、よそはよそ、うちはうち。の考え。
そんな環境なのに、なぜか習い事はたくさんしてました
ピアノ、歌、お習字、そろばん。どれも自分で行きたかったわけじゃなくほぼ強制。泣きながら通ってました。親としてはなにか将来役に立てばと思ってのことだったのでしょうね
ごめん、お母さん、ピアノだけは役に立てなかった
人間、向き不向きがあるんです。
書道は大人になってからも16年続けて師範まで取りました
そろばんは結局3級までしか取れなかったけど今でも暗算は頭の中のそろばんはじきます
洋服もお古を着たりもしたけど、姉妹お揃いのオーダーメイドの服もよく作ってました。既成の服とはデザインも違うので子供の頃は人と違う格好は恥ずかしかったな。
ま、お金をかけるとこにはかけて、かけないとこは徹底してたってコトかな
こうして子供のころを思い出しながらブログを書いてると
なんだか涙が出てきます。
当時辛かったとは思ってないけど、懐かしくて涙出んのかな


注文はやっぱりパンケーキ

お時間かかるそうなので

平日にカフェでお茶
なんて優雅と思われるでしょうが
カフェだと一人で色々考え事するのにい~いんですよ

でも今日はちと違うおはなし。
私の夫は国家公務員で私は料理教室をやってる…っていうと海外経験豊富なセレブな奥様がセレブなマダムたちと優雅に趣味でお料理教室をされてるなんて想像する方も多いかもしれませんが…
が
が
です
私の父は職人で優雅な暮らしをしたことなんぞあ~りませんよ

特に子供の頃のボンビー自慢ならたくさんあります

まず小学5年生まで住んでた家は借家でお風呂はあったけど別棟でした。しかも五右衛門風呂。最初のころは薪を燃やしてお湯を沸かしてました

トイレはもちろんポットン便所
下は汚物が海のように広がって
(お食事中の方失礼
)なんと私はそこに落ちたことがあるらしい




親から付けられたあだ名がなんとゆみこをもじって「うんこちゃん」コレ、ほんとなのよ~

畳はぶよぶよ。家の中を走ると天井から土が落ちてくるので、よく叱られました

我が家では食品偽装は当たり前

マーガリンはバター、ヒラタケ(エリンギみたいなきのこ)は松茸と呼んでました

熊本は馬刺が名物でたまに夕食で食べましたが、馬刺だと思って食べてたのが実はクジラの赤身の刺身だったり。当時はクジラのほうが安かったみたい

紅茶のティーバッグはひとつで家族5人分。たまごかけご飯もよく食べましたがなんと卵1個をこれまた家族5人分。どんだけ醤油入れたんだか

親戚の家で一人一個の卵かけご飯(しかも卵黄のみ)を食べた時は、「ここん家は贅沢~
」とびっくり
洋服も近所のお姉さんのお下がりをたくさん貰い(私は姉より体格がよかったので基本お下がりは無理なんです
)サイズが合わず、安全ピンで留めたり、穴の空いた靴下はもちろん縫って繕って履いてました
だから体育館や講堂で靴を脱ぐのがイヤだったなぁ~
私はあんまり覚えてないけどよく家がオンボロだからといじめられてたらしいです

うちの親は厳しく、友達の○○ちゃんももってるとかそんなことは通用するはずもなく、よそはよそ、うちはうち。の考え。
そんな環境なのに、なぜか習い事はたくさんしてました

ピアノ、歌、お習字、そろばん。どれも自分で行きたかったわけじゃなくほぼ強制。泣きながら通ってました。親としてはなにか将来役に立てばと思ってのことだったのでしょうね

ごめん、お母さん、ピアノだけは役に立てなかった
人間、向き不向きがあるんです。書道は大人になってからも16年続けて師範まで取りました

そろばんは結局3級までしか取れなかったけど今でも暗算は頭の中のそろばんはじきます

洋服もお古を着たりもしたけど、姉妹お揃いのオーダーメイドの服もよく作ってました。既成の服とはデザインも違うので子供の頃は人と違う格好は恥ずかしかったな。
ま、お金をかけるとこにはかけて、かけないとこは徹底してたってコトかな

こうして子供のころを思い出しながらブログを書いてると
なんだか涙が出てきます。
当時辛かったとは思ってないけど、懐かしくて涙出んのかな

