書きたいことがたくさんあって
大変なんですが
今日はファッションではなく、食のお話です

「未来の食卓」観てきました

南フランスの小さな町で
村長が全ての学校給食をオーガニックにすることを決意し、
そのオーガニック化を一年間追い続けた
ドキュメンタリー映画です

知らなかった、悲しく、危機感をあおる情報がたくさんでした
でも、その中でも「生きる」希望を
きちんと記録してくれていて
「やらなくちゃいけない!」と
ポジティブな気持ちで映画館を出ることができました

学校給食をオーガニックにしたことで
子どもたちが、親よりも早く「自然の味」を覚えていく
それで子どもが親に教えるんです
子どもに言われたら、
子を愛する親は、
「高価だからだめ!」なんて言えるはずもなく
オーガニックにするしかなくなってくるわけで
そうやって子どもから親へ
オーガニックが広がっていきます

でも本来ならば
親から子どもへと広がっていくべきもののはず

子どもが今生きているこの世界をつくりあげたのは
親や先に生きてきた私たちで
私たちが責任を持って
色々行動を起こして、伝えていく立場にあるべきなのに、
子どものほうにそうした義務を
押し付けてしまったような気がして
少し罪悪感も感じてしまいました

でも、監督が言っているように、
「今すぐに行動すれば希望は失われない」と、
私も信じています
子どもから親へつながったのなら、
親はもっともっと大きなつながりを生み出していけばいい

「生きる」って、命をつなぐってことだと、強く思いました
よく「人は一人では生きられない」というけれど、
それは今いる自分や周りの人だけでなくて
未来に生きる誰かともつながっているから、なんですね、きっと

生きるために「食べる」
その食が未来の誰かともつながっていると考える
いい機会になりました

ぜひ観てみてくださいね


映画『未来の食卓』

ちなみに、この「未来」が反対になっているの、
すごく気になります!
未来が歪んでしまわないために
今すべきことがある、という風に私は受け止めましたが・・・
みなさんはどう思いますか?

さてさて前回の続きです


イギリスで女性学を勉強したり、
消費者デモを目の当たりにしたことで、
ファッションの豊かさ、楽しさと
ファッションの倫理的な正しさの
バランスを考えるようになった

そしてそれらを同時に満たしてくれたのが

People Tree

というブランドとの出会いですキラキラ


ご存知の方も多いでしょうが
1995年にイギリス人であるサフィア・ミニーさんによってつくられたブランド、
ピープル・ツリーは
「フェアトレード・ファッション」、
そして「ファッション&エコロジー」を掲げているブランドです
人にも地球にも優しい、
なおかつファッショナブル(ここ重要)!なブランドです

フェアトレードは簡単にいうと、
途上国などの立場の弱い生産者をパートナーとして
彼ら・彼女らが経済的・社会的に自立できるよう、
きちんとした対価を払って、
貿易をしていく仕組みのことです
これによって
生産者は雇用の機会を与えられ、
持続的な生産と安定した、自立した生活が可能になります
チャリティやボランティアではなく
ビジネス・パートナーとして組んでいるところが、大切です
そうすることで生産者としての自負を生まれさせ、
たとえ時間がかかったとしても、
技術や品質の向上を促すことができ、
本当の意味での「自立」につながるのですから

ピープル・ツリーの服や雑貨、食品は
そうしたフェアトレードを介してつくられています

主にインドやバングラデッシュ、ネパール、ペルーなどといった
アジア、および南米の生産者と組んでいて、
草木染や手刺繍といった伝統技術や職人技を残して、生かしつつも、
日本の消費者にも受け入れてもらえるような
高品質でデザイン性を兼ね備えた商品開発を行っています

そしてまた、エコロジーといった面でも、
インドの小規模農家によるオーガニック・コットンを使用していたり、
石油や電力を使わない手織りの商品を展開していたり、と
徹底しています

だから、ピープル・ツリーの洋服を買うだけで、
途上国の生産者の生活を、
支えていけることになるし、
はたまた、
環境にも優しいエコ活動にもなっちゃうわけです


私がピープル・ツリーに出会ったのは
今年の4月ごろくらいだったと思います
就職活動に役立てようと、
毎週一回の夕刊のファッション特集を読んでいたんだけれども、
そのときちょうどピープル・ツリーの記事がありました

フェアトレード・ファッションときいて
また、オーガニック・コットンといった単語を見てみて、

「あぁ、きっとナチュラル系のブランドで
 あたしのテイストとは違うかなぁ~」

と思ってしまったんですが、
潜在的にファッションにおける道徳的な正しさを
追い求めていた私は
気になってホームページを見てみました

そうしたら驚くことに、
本当に、ファッショナブルなお洋服がたくさんありました!

何より惹かれたのは
デザイナーズコレクションと題された、
有名デザイナーとのコラボレーション商品です

最近ではツモリ・チサトやミハラヤスヒロ、
過去にはファウンデーションアディクトともやっていたらしいです
(余談ですが、ミハラヤスヒロとのコラボレーション商品は、
 宝島社「Sweet」でShihoちゃんが超かっこよーく着こなしていたので、
 すぐ売り切れだったみたいです)


もちろん、デザイナーズコレクション以外も
きれいなお洋服がたくさんでていますけれども、
こんな風に
最先端のファッションと、フェアトレードファッションが手を組むことは、
私にとって
本当に目からうろこの、完全なるブレイクスルーでした

だって
ファッションの楽しさと
ファッションにおける道徳が
きちんとそこに融合されていたのだから!

おしゃれを楽しみながら、
その影にいるかもしれない苦しんでる人のことを気にして、
罪悪感を抱くのではなくて、
むしろ、生産者の権利を守って、
彼らの生活を、いい方向に持っていけるのだから
これって本当に素晴らしいことだと思いませんか?


ピープル・ツリーに出会ったことで
それまで抱えていたちょっとした罪悪感が
解放されていくように感じました

ちょっとした意識を持って
買う商品を選んでいくだけで
ファッションを楽しむことが
何倍も何倍も気持ちよくなりました

それ以来、人だけではなくて、
環境にも優しいファッションに
注目するようになったのです


だから エコ×ファッション!!


といったトピックにたどり着いたわけなんです


「おしゃれじゃなくちゃ買ってもらえない。
 誰もが着たくなるかっこいい服を作ろう!」

とサフィアさんは奮起したらしいですが、
「おしゃれ」だからこそ、大きな大きな意味がある、と思っています虹



私のお友達は私がファッション好きなことは
よぉーーくご存知だと思いますが
どうして

エコ?

と思ってらっしゃる方がいると思いますし、
興味の発端を、
自己紹介をかねて書きます


私は日本の大学を卒業後に
イギリスの大学院に進学しました
日本の大学の卒論テーマは「ファッションと裸」です
要は、ファッションとセクシュアリティとかエロティシズムの関係性に
興味があって研究しておりました

で、研究していくうちに、
女性のセクシュアリティや快楽というものに
もっと着眼して勉強してみたいなと思ったわけです
それで女性学が盛んなイギリスへ

しかしながら女性学の中では、
ファッションはあまり好かれるトピックではなかった
おおまかに二つ理由がありました

一つは、コルセットの歴史にはじまり
現在多くみられるエロティックなファッション広告などを挙げて、
ファッションは、女性を男性的・支配的な視野の中に封じ込め、
女性を性的なオブジェになりさげる、という批判

そしてもう一つが、
ファッションは西洋的な、特権者階級に限られたものである、という批判です
大量消費の時代が到来すると、
もの作りは賃金が安い国へと移っていき、
その中で、第三国の女性が虐げられながら働いているという
暗い事実が生まれてしまいました
それ故、ファッションに興じることは
先進国の女性が、同じ仲間である女性を苦しめていることと同義だ!
と批判されるのです
(かなーり細かい部分をはしょって端的に書いています)

女性の社会的・文化的地位の向上や、
女性同士の結束(これは矛盾をはらんでいますが)を目指している女性学において、
これは非常に反女性学的と言えるでしょう


私は主に一つ目の批判に反論すべく、
ファッションにおける視覚的要素ではなく、
布地が皮膚に触れる、その触覚的な交感に着目して、
女性の主体的な快楽やセクシュアリティを主張していました

二つ目の批判については
もちろんそうした批判があることについては
認識していましたが
私は触覚やセクシュアリティについて焦点を当てていたので
修士論文では注釈に書くにとどまり、
きちんと追求はしてきませんでした

その注は以下のような感じです

「もちろん、ファッションを楽しめる女性がいる傍らで、
 どこかの国で、女性が虐げられているかもしれない
 しかし、
 衣服がどこからやってきたか、どのような過程でつくられたか、
 そのような点は私の議論とずれてしまうため、
 この論文では取り上げない
 そのような問題はあるにしても、
 どんな女性にでも、どこに住んでいても、
 触覚的な快楽を感じ、主体的にファッションを楽しめる可能性がある」


テーマがあちらこちらに飛んでいては良い論文は書けないので
私がファッションにおける倫理的な問題について触れなかったのは
正しい判断だったと思います
それだけで一個論文が書けるくらいだと思いますから

けれども、そんな注を書いてから
やっぱりどこかでひっかかる思いがありました
衣服がどこからきたか、
それって本当はとてもとても重要なトピックなのではないか、と
注で、一文ですまされることじゃないんじゃないか、と

イギリスに住んでいた時、
よく一般消費者のデモに遭遇しました
標的は激安ライフスタイルブランド<PRIMARK>
Tシャツなどのトップスはだいたい5~6ポンドくらい(2000円以下)で買えて
コートとかも、きっと30~40ポンドとかだと思います
(私自身、洋服をPRIMARKで買った事はないのでうるおぼえです・・・)
そんなPRIMARKは<Sweatshop>だ!と抗議されていました
<Sweatshop>とは、安い賃金で悪条件の中で働かされる職場のことで、
特にアパレルの工場などに対して使われる単語です
世界の小売第一であるウォルマートも度々そうした批判をされていますが、
要するに、あれだけ安いのは、
裏で働いている人たちが安い賃金しか払われていないからだ!
倫理的に正しくない!
そんな企業はこの街から出て行け!
というのがデモ隊の主張でした

こんなデモの様子も見ていたこともあって
ファッションを楽しむ心が
どこかでちくりちくりと痛みました
もちろんファッションの楽しさや豊かさを信じて疑わなかったけれども、
もしかしたらそのファッションが
どこかの誰かの生活を
苦しめているかもしれない・・・・
そんなやりきれない複雑な思いが
私の心に渦巻き始めたのです


このようにして私は
いつからか
ファッションを楽しむことと
ファッションの倫理的な正しさのバランス
について
知らず知らずに模索するようになりました

そして
あるファッションブランドとの出会いが
私に明快な答えを示してくれたのです!
そしてエコについても考えるようになったのです!


・・・・が


それはまた次回に書きます笑