今日、大好きだった祖母が旅立ってからちょうど1年が経った日でした。


癌との闘病を余儀なくされての、他界。

癌ってわかってから他界してしまうまでは、ほんの数ヶ月。


私にとって、その衝撃はとても大きかった。

んだけど、その衝撃以上に、私には強く思ったことがあった。

「私、おばあちゃんに何をしてあげられたんだろう?」って。


病気について・・わからない。

おばあちゃんの症状について・・わからない。

おばあちゃんの今して欲しいこと・・・わからない。


いつしか私、末期癌の祖母を励ますことも、姿勢を変えてあげる手助けも・・なにをするにも、臆病になってしまっていた。(言葉が適切じゃないかもしれないんだけど)“腫れ物にさわる”かのごとく。

でしゃばっっちゃ(治療の邪魔しちゃ)いけない★なんてことを言い訳に、私、おばあちゃんの近くいていながらも・・・なんかキョロキョロ、(Nsの)Rと母親たちとのやりとりをただ、見守ることしか出来なかったんだ。


しまいには、祖母のむくんでしまった足をさすりながら涙こぼしちゃって、(気がつかれないように)慌てて廊下に逃げ出してた★


なに・・やってたんだろう、私。

思い出す度、情けなくなる。んだけど、(泣くのは論外としても)他に私、何をしてあげられたんだろう?って考えても、正直、今でもよくわからない。


ただ、わかったことは1つだけ。


“病気”と“その病気と闘う人”  

それは、ホントに千差万別である、ということ。だから、その人を中心に考えた“看護”っていうのは、さらにもっと・・無限にあるんだっていうこと。

これを、つきっきりで看護をしてくれていた親族の方々や母、Rから学んだ。


もっと、掘り下げて考えていきたい。

看護について(病気について)もっと勉強したい、経験を積みたい、病気と向き合う方に対して、自分に何が出来るか、一生懸命考えていきたい。


そしてこれから先、もし、もう一度、おばあちゃんみたいな大切な人を・・看病する機会があるのなら、今度は私、もっとそばに寄り添ってあげるんだ、(その人の)精神的な支えの1つになってあげたいんだ。


後から考える事って、いくらでもどうにでも大きく言える事ではあるんだろう、けれど。


少なくとも私、おばあちゃんと過ごした今までのこと。そして、最後まで優しくしてくれたおばあちゃんを・・絶対に忘れないよ。


最後に。

おばあちゃん、こんな私だけれど、天国でおじいちゃんと一緒に見守っててください。

3年後、看護師になれた時、私はおばあちゃんと一緒に喜んでもらいたい。

これを励みに、私はがんばるよ。    


お墓の前でそう伝えてきたのでした。         以上