前回の記事で書ききれなかったので続きです。
主に稽留流産の手術の話になります。
不妊治療は、人工授精に始まり、体外受精の採卵1回と移植3回、全くいい結果がでないのでその後転院し、採卵1回、移植1回目(通算移植回数4回目)でやっと妊娠反応がでました。
嬉しいというよりびっくりして、これまであんなに全然できなかったのに、ああ、私でも本当に妊娠するんだな、としみじみ思ったことを覚えています。
実は、妊娠反応をもらったあと、すぐにアメリカに1年いくことになっていて、当時は早くいろんなことを調べたり手続きしないとといけなかったので、出発前には母子手帳をもらっていましたし安定期に入る前に周り中に伝えてしまいました。
渡米して初めての健診でエコーをやったときにドクターから赤ちゃんが見えないことを告げられました。
不妊治療からの移植で着床日も決まっていたことから、流産は間違いないだろう、でも一応hcgが下がるか確認してから判断しようということでまた数日後に血液検査に行くことになりました。
そしてやはり、血液検査でも妊娠が継続できていないことが確認され、手術かそのまま待つか選べるといわれましたが、勝手がわからない外国でいつどこで出血するかわからない不安を持って過ごすよりは手術で処置した方が安心だと思って、手術を選びました。
手術は日帰りでした。
アメリカの場合、普通の健診は小さなクリニックでやることが多く、大きな病院には滅多に行かないようです。(※日本ではデジタルの血圧計が普通ですが、アメリカではデジタルを見たことがなかったし、体重計もアナログでした。いろんなものがひと昔前の日本の病院にあったなぁというものばかりでした)
健診で行った病院が提携している大きな総合病院で手術を受けることになり、当日は夫に車で送ってもらいました。
午前中に採血などをして待って、待機室のような大部屋に連れて行かれ、手術着でしばし待ちました。
看護婦さんや若い医師が何人か入れ替わり立ち替わりにやってきて今日は立ち会います、みたいな挨拶をしていきます。
研修医みたいな人が2人くらい来たし、結構ガヤガヤしていたと思うのでそんなに緊張しませんでした。
しばらくすると、健診で診てくれてたクリニックの先生がやってきて、大丈夫だからね、みたいなことを言ってバタバタと準備に行きました。(普段着だったのでクリニックから急いで来てくれたんだと思います。)
手術の順番を待つ間、他の患者さんが何をしているのか気になって周りをみていました。
いつもかけているメガネを預けないといけなくて裸眼だったので、あまり見えなかったのですが、いろんな年齢の人がいて、産婦人科だけの手術じゃないようでした。
そのあと点滴などをされて、麻酔の先生が来て、数字を数えてねと言われ、何個か言ったあと記憶がなくなっています。
目が覚めたのはベッドの上で、手術は終わったと気づいた看護婦さんが教えてくれました。
そして、朝から飲まず食わずだったので、看護婦さんがクッキーと缶にストローをさしたジンジャーエールをくれました。(日本だと術後すぐにジンジャーエールはないですよね?今考えるとなんだかおかしいですw)
そのクッキーとジンジャーエールが美味しかったこと!
この時の美味しさが忘れられず、アメリカにいる間しばらくはジンジャーエールばっかり飲んでいました。
連絡先に夫の電話番号を書いていたので、夫に迎えに来るように病院から電話があったようで、
すぐに夫が迎えに来てくれました。
夫が到着して看護師さんが車寄せまで車椅子で私を連れて行ってくれる前に、「これはあなたに」と言われて白い封筒を渡されました。
中には天使の形の栞のようなものと、グリーフケアのグループの集まりがあるという案内が入っていました。
月に一回程度開催されるそのグリーフケアグループの会にそのあと2回行くことになります。
(長くなってしまいました。続きます)
