早々と祇園祭の市民しんぶん | がいちのぶろぐ

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昨日の雨は今朝には降り止んで、午後からは薄日が射すようになってきた。我が家の小庭の苔も、昨日の雨で水分補給ができたと見えて、幾分か元気を取り戻したようだ。

 

昨日の天気予報では、明日あたりから梅雨前線が北上を始めそうだと言っていた。週明けには、九州南部で梅雨入りの宣言が出そうだとも。いよいよ、そんな時j気になってきた。

 

今日は午前中に、散歩を兼ねてやや遠くにある100円均一の店へ出掛けていた。その店の向かいには岡崎神社があり、子授け・安産にご利益があるという。我が家には、もはや縁がないけれど。

 

 

 

それで、ここの神様のお使いがウサギだということで、境内には狛犬とともに狛ウサギも据えられており、手水舎にも黒いウサギの像がある。

 

 

 

 

平日で、しかも京都の町にこれといったイベントもない時期だけに、さすがにこの神社もあまりお参りする人影はなかったが、それでも若いカップルや、外国人観光客の姿もチラホラと見受けられた。

 

 

帰りがけに通りかかった熊野神社の脇では、道路に野菜や陶器などを並べた露店が数軒店開きをしていた。熊野神社の縁日ということだろうか。

 

それにしても、大通りが交わる交差点に面した、やや広い歩道部分に店開きというのも珍しい。家人は野菜を買い求めつつ、この店の野菜は安いと喜んでいた。

 

山椒の実も買い求めていたが、これで「ちりめん山椒」を、一年分は作れるくらいの量の山椒の実が手に入ったと言っていた。ただし、山椒の実を小枝から一粒ずつ取り外すのは、閑にしている私の役目になるのだが。

 

いつの間にかこの「ちりめん山椒」が、京都の名産品の一つに数えられるようになった。今では、京都の観光地の土産物店などには、必ずと言っていいほど「ちりめん山椒」が並べられている。

 

我が家では、年中の常備菜として、家人の手作りで〝作り置き″されている。昔話をしても仕方がないが、かつては「晴れ間」さんというお店が、「ちりめん山椒」を販売していたが、他にはあまり見かけなかったように思う。

 

それにしても、この熊野神社の脇に並んだ数軒の露店に、ご近所と思われる方が次々に訪れていた。やはり定期的な露店なのか、待っている人がいるようだ。

 

ところで、今日我が家に届いた京都市の「市民しんぶん」6月号は、早々と「祇園祭」の特集になっていた。そうか、71日の「吉符(きっぷ)入り」から、祇園祭の行事がスタートするから、7月号で告知したのでは遅いということになるのか。

 

 

「市民しんぶん」では、祇園祭が始まって今年は1150年目に当たる、となっていた。9世紀から続いている〝悪疫退散″の行事だ。

 

ただ、誤解されている方もあるかもしれないが、祇園祭は八坂神社の祭礼としてみれば、神社から四条通りの寺町にある「御座所(御旅所)」まで、神様が神輿に乗って渡る「神幸祭」が祭の本番で、これが717日の夕刻に行われる。

 

 

 

この神幸祭に先立って、山鉾が悪疫退散を願って17日の朝から京都の町中を巡行するのが、あの祇園祭の「山鉾巡行」ということになる。

 

その日の夕方に、町衆の山鉾巡行を神社で見届けられた神様が、神輿とともに御旅所に渡られて、それから一週間、御旅所におられたあと、再び神輿とともに神社へ戻って行かれるのが「還幸祭」であり、この日が「後の祭り」の当日となる。

 

 

山鉾巡行もこの後の祭りが、長らく「前の祭り」と一緒の日に行われるようになっていたが、数年前に旧に復して724日の朝からの巡行になった。

 

こうして祇園祭は、24日の夕方に神様が神輿に乗って八坂神社に戻られることで幕を閉じる。だから、1日の「吉符入り」から24日の還幸祭までが、祭りの期間ということになる。

 

それにしても、もう祇園祭の話題が伝えられる時期になったかと思う。この数年は、17日の「前の祭り」の山鉾巡行に向けた「宵山」の期間で、人出が多い1416日には、ボランティアによる「祇園祭ごみゼロ作戦」が実施されている。

 

 

 

露店などで使用する使い捨て容器をやめて、使い回しができる容器に切り替えてもらい、それを場所を決めて回収するという取り組みである。この回収場所でボランティアの方々がスタンバイしているという活動だ。

 

この活動が飛び火して、725日の大阪の天神祭でも、「宵宮」の時に「ごみゼロ作戦」が行われるようになってきた。このように、市民の意識は少しずつ変わって来ていいる。

 

こんな動きが、もっと全国に広がって行くと良いな、と思う。市民が動けば、行政は付いてくる。これこそが「町衆の祭り」の本筋のような気もする。