聖書に放蕩息子の譬え話があります。簡単に要約するとあるところに二人の兄弟がいて次男は父の財産を前借りし、街に出で散財します。自業自得で最後は豚小屋で働く始末。実家に帰って父に下男として雇ってもらおうとしたところ思いもかけず父から手厚い歓迎を受けることができた、というお話しです。兄は憤慨し父に抗議しますが、父は優しく諭します。
これが有名な放蕩息子の譬えです。
私は普段、自分の学校を父の家(ホーム)に似ていると思います。外国人留学生は頼る父や母、兄弟姉妹もなく単独で来日して自分の成功のためにアルバイトと学業と遊びに励みます。
親兄弟からは自分が成功して仕送りしてもらうことを期待しているでしょう。プレッシャーもあるでしょう。
社会に出てからいつでも帰れる学校🟰家(ホームタウン)であって欲しいのです。家に帰れば歓待してくれる先生がいてホッと一息できる時間がある。
心理的安全性の保たれた空間こそ母校であり、父の家なのです。
川田は寺田マリ子の悩みをひとつ一つ丁寧に聴いた。マリ子は自分でも信じられないくらい川田に胸の内を訴えた。家庭環境のこと、仕事への不安、親への感謝と恨みごと、恋愛のこと、お金のことなどどんどん飛び出してくる。
これらの悩み事を川田は一つひとつ丁寧に受け止めて咀嚼しマリ子の思いを感じ取った。
すると希望は、(潜在意識の中に潜む)寺田マリ子の中に燦然と輝くのだった。川田はそれを見逃さなかった。
マリ子は気づいた。
「家族が好きなんだ。」