近年、飲食業界では人手不足が深刻化しています。
その解決策として期待されているのが「特定技能1号(外食)」ですが、現場を見ていると、率直に言ってこう感じます。

このままでは、飲食店は人手不足で回らなくなる。

これは誇張ではなく、すでに起き始めている現実です。


人手不足は「一時的な問題」ではない

まず押さえておきたいのは、今回の人手不足は景気による一時的なものではないという点です。

日本は少子高齢化が進み、働き手そのものが減っています。
特に飲食業界は、

  • 労働時間が不規則
  • 体力的にきつい
  • 給与水準が高くない

といった理由から、日本人の若年層が集まりにくい構造になっています。

つまり、国内人材だけで人手不足を解消するのは、もはや不可能に近いのです。


特定技能1号があっても人が足りない理由

では外国人材で補えばいいのか。
ここで登場するのが特定技能1号(外食)です。

しかし、制度があっても現場では次の問題が起きています。

① 試験合格者が少ない

特定技能は試験合格が前提ですが、そもそも合格者数が十分ではありません。

② 日本語レベルの壁

実際にはN3〜N4レベルの人材も多く、接客を伴う外食では即戦力になりにくいケースがあります。

③ 業界間の人材争奪戦

介護・建設など他業界も外国人材を求めており、外食だけに人が集まるわけではありません。

結果として、
「制度はあるが人がいない」という状況が起きています。


採用しても辞めるという現実

さらに深刻なのが「定着」の問題です。

せっかく採用しても、

  • 労働環境への不満
  • 将来の見通しが立たない
  • サポート不足

といった理由で離職してしまうケースが少なくありません。

つまり、
採用しても人が残らない構造になっているのです。


なぜこの問題が起きているのか

背景には、外食産業特有の構造があります。

●低価格競争

価格を上げにくく、人件費に十分な投資ができない

●労働集約型ビジネス

人がいなければ回らない

●教育余力の不足

現場が忙しく、育成に時間を割けない

さらに、制度自体も「即戦力前提」で設計されており、
現場との間にズレが生じています。


これから必要なのは「育成前提」の発想

ではどうすればいいのか。

結論はシンプルです。

採用中心から、育成・定着中心へ発想を変えること。

具体的には、

  • 日本語N3レベルでも採用し、育成する
  • 現場で教えられる仕組みを作る
  • キャリアパス(1号→2号→管理職)を示す
  • 学校と連携し、在学中から関係を築く

こうした取り組みが不可欠です。


最後に

飲食業界の人手不足は、もはや避けられない構造的問題です。
特定技能1号という制度だけでは解決できません。

これから生き残る企業はどこか。

それは、
「人を集める企業」ではなく「人を育てる企業」です。

 

参考

外国人労働者「特定技能1号」、外食業での受け入れ停止へ 上限迫り

辻口夏枝キャラクター評

 

良いところ

・美しく気品が漂う

・ピアノを弾くお嬢様タイプ

・お手伝いさんへの指示も的確

・やや内向的で潔癖癖があるが旧知の友情(辰子)を大切にする。

 

改善点

・嫉妬深い

・外面的で世間体を気にする。

・直情的で外面的美しさを好むが他には排他的

・感情で動いてしまう。

 

私の評価

・辻口夏枝は、継母として意地悪く立ち居ふるまう場面も印象的だが

きわめて人間的であり、その場の状況や感情で流されて判断がぶれる

典型的な日本人であるように思う。

 

・生き方は教授の娘であり、開業医の配偶者として金銭的な苦労を知らない

思いやりを持てずに罪深い自覚をもてない哀れな人格であるように思う。

 

自覚できない罪ということも氷点を読むうえでの大事なポイントであるように思う。

 

 

就職氷河期世代が、いよいよ50代に突入した。


結婚した人も、しなかった人も、これからの人も。

私たちは今、親世代からの世代交代を真正面から受け止める時期に入っている。


老いは、静かに、しかし確実にやってくる。

体力の低下。気力の揺らぎ。健康問題。

仕事における役割の変化。

かつての「若手」や「中堅」は、いつの間にか「ベテラン」と呼ばれる。


鏡に映る自分の姿も、若い頃とは違う。

もしルッキズムを重視する価値観に縛られているなら、自尊心は傷つくかもしれない。


だが、本当にそれだけだろうか。





老いは衰えだけではない



歳を重ねると、確かに記憶力は若い頃より落ちる。

徹夜はきかない。無理も効かない。


しかし、その代わりに手に入れたものがある。


知恵。

経験。

感情のコントロール。

そして、物事を俯瞰して見る力。


幸福感は、体力だけで測れるものではない。

経験によって補完できる。


50代でも、新しい趣味を始められる。

新しい人間関係を築ける。

新しい価値観を受け入れることもできる。


むしろ、若さの焦燥から解放された今だからこそ、

「本当に大切なもの」を選び取れるのではないか。





ロストジェネレーションは背中で語れるか



ロストジェネレーション世代は、不遇の時代を生きた。

努力しても報われにくい現実を知っている。


だからこそ、次の世代に対して、

「怒り」ではなく「成熟」を示せる世代になれるのではないか。


Z世代を否定するのではなく、

背中で生き方を示す。


子どものように歪み合うのではなく、

大人の知恵を見せる。


インターネット上で誰かを貶めるのではなく、

寛容さを広げる側に回る。


それができたとき、

私たちは「失われた世代」ではなく、

「つなぐ世代」になれる。





日本を静かに強くする世代へ



50代は、終わりではない。

次の20年をどう生きるかが問われる入り口だ。


怒りを拡散するのではなく、

安心を広げる人になる。


揶揄する側ではなく、

支える側になる。


就職氷河期世代が成熟を選ぶなら、

日本はもっと静かに、しかし確実に強くなる。


老いは恐れるものではない。

覚悟を持てば、誇りになる。