村田沙織は傲慢大学キャリアセンターへ挨拶へ行くことになった。新入社員の様子を伝えるとともに来年度の求人を手渡すのが役割でもあった。寺子マリ子の在学中の様子を少しでも知っておきたかったことも訪問目的の一つであった。

キャリア支援課長の牛田忠は礼儀正しい人物であった。大柄な男でガッチリとした体つきをしており小柄な沙織にとっては巨人に見えた。

応接室に通されて牛田とともに紹介されたのは、寺田マリ子のゼミの担当教諭である渋川あやね准教授であった。

牛田は丁寧に腰を曲げてお辞儀をし「本日はお忙しいところ本学へお越しいただきありがとうございます。」と述べた。過剰なまでの礼儀ではないかと感じるほどだ。渋川あやね准教授は鼻先にずり落ちた眼鏡を右手で治しながらにこやかに対応してくれた。

ひとしきりの世間話を終えて、村田沙織は寺田マリ子の在学中の様子を渋川先生に聞いてみた。すると意外な答えが返って来た。

「実は一回も会ったことがないんです。」