帰省して上げ膳据え膳の日々。

 

手伝う気はあったんだけども、言い訳としてやはり細かい家事の違いがあって遠慮がちに。

 

覚えればいいだけだけども・・・

 

それはいいとして、いよいよ産む病院へ初めて行くことになる。

 

その病院は実家からタクシーだと20分ほどかかるが、大きな総合病院で

最近建て直されすごく綺麗だとか。

 

母が探してくれたところで、恥ずかしながら全くリサーチしてなかった。

 

ただ、総合病院で産むというのは決めていた。

 

友人の知り合いに出産中に脳卒中になり赤ちゃんを吸引で引っ張りそのまま脳外科で緊急手術して一命をとりとめた人がいる。

 

稀なケースかもしれないが、出産は本当にいろいろあるらしく何が起こってもおかしくない。

 

赤ちゃんも私も一番安心できる病院で産むことが第一条件だった。

 

紹介状を持ち初めて病院へ訪れた。

 

確かに新しくすごく綺麗。

 

きっと混むだろうと午前中の早めに受付をした。

 

と、産科の待合室に行くと拍子抜けするほど人がいない。

 

私以外に3人程度。

 

さすがに都内と実家の田舎とは違うみたい。

 

呼ばれて初めて会った先生はわりと年配の男性。この人が私の主治医になる。

 

紹介状をもとに簡単に体調、状態を確認されて、いざ内診台へ。

 

エコーでお腹を赤ちゃんを様子をみるが・・・

 

なんか今までよりも長いし

 

なんか先生うーん、うーん言ってる。

 

めちゃくちゃ不安になる。

 

ドキドキしながら先生の言葉を待つ。

 

「赤ちゃんの大きさ、羊水の量、胎盤の位置は問題ありません」

 

『は』ってなんだよ・・・

 

「ただ、お腹のあたりに影があってこれが気になるんだよなぁ・・・

うーん」

 

え?影って何?お腹ってどっちの?

 

「私のお腹ですか?赤ちゃんの?」と聞くも

 

「・・・うーん・・・」

 

「どっちのお腹ですか?」

 

「・・・うーん・・・腸だと思うんだけど・・・白くは普通うつらないんだけどね」

 

この間、ずっとエコーされながら先生はずっとモニター見てる。

 

なんだか歯切れが悪いまま内診。

 

「子宮口が3センチほど空いてますね」

 

えー!!これまたびっくり!!

 

「産まれるのが早くなるってことですか??」

 

「いや、まだだね」

 

いろいろショック過ぎて軽くパニックになりながら診察室へ戻る。

 

そこでもう一度「影って私のお腹ですか?赤ちゃんですか?」と聞く。

 

「赤ちゃんのほうですね。とりあえず来週の健診まで様子みましょう。」

 

その後、本当にショックでこの日は辛かった。

 

今までの病院ではかなり明るい先生で「全然、問題ないですよ。赤ちゃん元気ですよ。」といつも言ってくれていただけに。

 

これは産まれてからわかったけどもヘルニアの疑いがあったみたいです。

 

こういう説明も何もしてくれない、とにかく歯切れの悪い先生で

 

この先生でこの病院で本当に良かったのだろうかと不安で仕方がなかった。

 

そしてそのことを母に言うのがまた嫌で仕方がなかった。

 

余計な心配をかけることが、私にもすごくストレスだった。

 

その日、旦那に電話で「帰りたい」と泣き言を言った。

 

とはいえ、いつまでもメソメソしているわけにもいかない。

 

絶対、大丈夫と言い聞かせ、なんとか不安を取り除こうと日々過ごしていた。

 

とうとう待ちに待った産休に入った2015年の11月。

 

社会人になってから長期の休みは盆と正月のそれぞれ5日程度。

 

それが今回は1年以上なのだから嬉しくてしょうがなかった。

 

とはいえ、身重の体なのであまり無理は出来ない。

 

とりあえず今まであまり奥さんらしいことが出来ていなかったので料理、掃除、洗濯を頑張った。

 

そして至福の時間、録画したテレビと見て昼寝。

 

旦那とも二人の時間はもうあまりないだろうと外食したり少し出歩いたり。

 

他には映画を観に行ったり友達と会ったりと知り合いのお店に食べに行ったりと有意義な時間を過ごす。

 

月末に里帰りをする予定だったが、段々その日が近づくと憂鬱になっていった。

 

家族とは仲がいいほうだし長期休みのたびに帰っていて何の問題もなさそうだが、

 

実家を出て暮らすようになって7年。

 

私には私の暮らし方が出来ていて、親には親の私がいなくなってからの暮らし方が出来ている。

 

2、3日ならば問題がなくとも今回は出産後も含めると3ヶ月・・・

 

ストレスになりそうと不安に。

 

それに実家近くに友人はいるけれどどんどん出歩くのが難しくなるだろうし、

 

発散する場がなさそう・・・

 

旦那ともこんなに離れるのは初めてだし・・・

 

と行く前からホームシックになっていた。

 

帰ったらいよいよ残すは出産のみという心境で怖さもあったと思う。

 

いわゆるマタニティーブルーなんだろう。

 

親は私が帰るのを楽しみにしているので憂鬱な素振りは見せられない。

 

そして憂鬱で寂しくて不安でと最悪な気持ちなまま実家へ帰省。

産休に入るのは2015年の11月からの予定だった。

 

10月の半ば、仕事の山場を越えてやっと少しホッとしたとある日。

 

毎週いつもより立ち仕事が多くなる月曜日だった。

 

いつものように仕事をしていると、少しお腹が張り出した。

 

なんだろう・・・

 

少し座ってみても張りは治らない。

 

上司に言って少し休憩させてもらうもなかなか治らない・・・

 

不安になり病院へ連絡するととりあえず横になり安静にしろと、

 

すぐにでも病院へ行きたかったが、行く手間や病院で待つなどをするなら

 

家で安静にしたほうがいいと言われた。

 

なので早退させてもらい家で休んだ。

 

次の日、だいぶ治っていたが大事をとって会社を休ませてもらった。

 

しかしそれ以降、すぐにお腹が張るようになった。

 

今まで歩くスピードも変わらず歩けていたのが倍の時間をかけない。

 

健診のときに聞くと問題はないそうで張り止めも必要ないとのこと。

 

これまでがなんの問題なく仕事が出来過ぎていて

 

お腹の赤ちゃんがもうそろそろゆっくりしてよということなのかも。

 

幸い仕事も引き継ぎ業務と残務整理くらいだったのでなんとか問題なく仕事ができた。

 

またとある日、仕事を終えて帰宅途中、少し早く帰っていた旦那から

 

「電車が遅れてるから気をつけて帰ってきて」と。

 

旦那に言われた通り、駅のホームが人で溢れかえっている。

 

駅で待たされるかと思ったらすぐに電車がきた。

 

混んではいたがそこから最寄駅まで20分もかからないくらいだ。

 

それくらいなら立っていられると思いその電車に乗り込んだ。

 

が、あまかった・・・

 

やはりラッシュの中で不安定な状態でお腹を守りながらの姿勢はきつい・・・

 

しかもダイヤが乱れてるため速度も遅い・・・

 

結局30分以上はゆれていた。

 

かなり張って痛くなっている。

 

家まで歩いて10分の道のりがかなり遠い。

 

タクシーが来るような場所でもないため歩くしかない。

 

途中のバス停のベンチで座り、先に帰っている旦那に助けを呼んだ。

 

助けを呼ぶといっても車はないので結局歩いて帰るしかないのだが。

 

すると旦那が走って迎えにきてくれた。焦って走る旦那を初めて見た。

 

私の部屋着で。

(冬用に買ったLサイズの部屋着がそれ以上にお腹が大きくて履けなかったので旦那が履いていた)

 

かなり変な格好だが、心配で慌ててくれている様子が私は嬉しかった。