おじいちゃんの命日part1 | 凛々花のブログ

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今日6月9日は、私の父方のおじいちゃんの21回目の命日です

そのせいか、昨日からわけもなく切なくなって、悲しみの涙を流してました汗

ここからは、私の幼き日のことを書きます

おじいちゃんがまだ生きていて元気だった頃、写真撮るのが趣味だったらしくて、私の幼い頃の写真がたくさんあるんですね。

おそらくポケットアルバム何十冊分もダンボール箱に入ってます

親は仕事忙しくてあまり家にいなかったので、私はおじいちゃんとおばあちゃんとひいおばあちゃんに育てられました。

もちろん、おばあちゃんもおじいちゃんもひいおばあちゃんも大好きだったので、それらの写真はどれも笑顔の写真が多くて、楽しそうな表情です
でも、そんな幸せはずっと永遠に続くわけもなくて、おじいちゃんは私が保育園の頃から、病気で入退院を繰り返していました。

私が覚えているのは、おじいちゃんが病院に行く時、お姉ちゃんと私と一緒に電車で行ったことです

その時はちょうどお花見の季節で、桜が咲き誇った公園に行きました。

あと、遊園地に連れて行ってもらって、その時アンパンマンショーやっていて、アンパンマンのポスターみたいなものにサイン書いてもらいました(残念ながら、紛失してしまって今はないです汗

とても楽しかった記憶がありますね

それから、おじいちゃんにまつわる思い出といえば、亡くなる数日前意識不明状態のおじいちゃんに会いに行ったんです

その時、酸素マスクと心電図の機械を体に取り付けられた、おじいちゃんの左手を握って(たぶん私が自分の名前を言ったと思います)そうしたら、おじいちゃん手を握ったのが私とわかったみたいで「○○(私の名前)運動会で一等賞を取ったのか…」と誉めてくれたんですね

私は恥ずかしくて自分から言えない性格なので、おそらく家族が話したらしいです
意識不明で今にも死にそうだったのに誉めてくれました

私は元々運動神経悪くて賞なんて取ったことないんですね

でも、運よく障害物競争で一位になるはずだった女の子がゴール間際で転んでしまって、私が一位になったわけです

まだ幼かったので、病院に行ったこ時は、おじいちゃんがもうすぐ亡くなることわかっていなかったのです
なので、お見舞いの時は、特に悲しくもなんともなかったです

長くなるので、パート2に続きます