本日(3月28日)付朝日新聞(朝刊)で、
「学力調査参加 私立は47%に 国公立小中は全校」
という記事が載っていた。
犬山市の参加で、国公立小中の不参加はなくなったが、私立については62%→53%→47%と年々減少とのことである。
さて、3月24日のブログで、全国学力テストの「悉皆調査」のことに少し触れた。
「悉皆」と書いて「しっかい」と読む。
言葉の意味としては「すっかり」「全部」というようなことである。
悉皆調査とは全部を対象とする調査ということだ。
全国学力テストの場合、全国の小学6年生と中学3年生の全員を対象としているため、「悉皆調査」というわけである。
この「悉皆調査」という方式をとることについては、テストの実施前後を通じて疑問の声が上がっている。
文部科学省では、2005年11月~2006年4月まで、教育者やテスト理論の研究者などを中心とする「全国的な学力調査の実施方法等に関する専門家検討会議」というものを開催していたとのことである。
この検討会議で、ある委員は次のように述べた。
客観的なデータをとることが重要である。悉皆調査で一番懸念されることは、成績の悪い子どもを休ませたり、学力調査の結果においてパフォーマンスを得るための特別の努力をすることで、データが変質してしまうことである。取ったデータがすでに変質してしまっていれば、それをどれだけ分析しても意味がない。(第3回議事概要)
この発言を受けて、苅谷剛彦氏はその著書の中で、文部科学省が調査の目的として掲げる「各地域等における教育水準の達成状況をきめ細かく適切に把握する必要」を充たすには、「全員参加のテストではなく、1~10%抽出程度のサンプリング調査でも充分な精度が得られる。いや、むしろ、後述のテスト問題の多様性という問題と絡めても、費用の問題や、学校ごとの序列化を防ぐという意味合いから見ても、サンプル調査の方がゆがみも少ないし、問題点も少ないのである」としている。(*1)
また、自民党の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」による文部科学省の「政策棚卸し」のレポートにも、【評定者からの主な指摘事項(口頭での議論)】として、次のような指摘がされているとのことである(*2)。
○なぜ悉皆調査(全員に対する調査)で毎年やらなければならないのか。例えば5年に1度の試験として、その間はサンプル調査として経年変化を追ったらどうか。
○全員に対する調査をやる意義は初回はあったと思うが、各年度、問題を公表してしまっているので、問題を変えており、経年変化を追えない。
○どういう仮説があって何を調べたいのか、60億円以上の税金がかかっていることを前提に位置づけを考えるべき。
これらの指摘に対して、悉皆調査を「是」とする見解もある。
以前のブログで紹介した「教育委員会月報」2009年3月号「特集 全国学力・学習状況調査の活用について」の巻頭論文の中の一節である(*3)。
重要なのは、本調査は、学力の水準を「知るだけの」調査ではないことである。(中略)
なぜ、全国学力調査が悉皆調査なのかというと、その目的が、児童生徒の学力の「測定」や家庭や学校での学習や生活の実態を把握し、そのエビデンスに基づいて、各学校で指導方法等の改善に取り組み、家庭や地域の連携を得ながら、児童生徒一人ひとりの学習状況を改善し、わが国の学校教育の水準や質を向上させることを意図しているからである。
しかし、これに対して、前述の【評定者からの主な指摘事項(口頭での議論)】には、「個々の児童生徒の家庭の経済力等の要素を合わせて質問していないので、学力との相関関係が分析できない状態となっている。今のところ、『テレビを長く見ている子の学力が低い』『ゲームをやっている子の学力が低い』といった常識でもわかる分析しかできていない。今後、主幹教諭を置いたクラス、少人数学級のクラスで学力がどうなっているかなども分析すべき」との指摘がある。
また、「平成19年度『全国学力・学習状況調査』分析報告書」(千葉県検証改善委員会)の中でも、「問題点と今後の課題」として、「これだけの規模の一斉学力調査を実施する以上、そこには、単にそれぞれの教室や学校レベルでの『創意工夫』を求める以上の政策的な意味が込められているはずである。(中略)しかし、実際にデータを用いて分析を行ってみると、これらの目的を充分に達成するには、上述のような問題があることがわかった。」として、様々な問題点を挙げている。
多額の税金の投入とこれに関わった多くの人びとの労力や教師や児童生徒の負担などから考えると、悉皆調査を「是」とするのは、何だか難しくはないだろうか。
その上、驚くべきことに、初回の全国学力テストの実施を待たず、「教育再生会議は『ゆとり教育』の見直しという政策変更の提言を行った。」(*4)
この件についても、苅谷氏は「医療」を例にして次のような比喩を用いて批判している。
多額の税金を投入して、高額の医療検査機器の購入を決めた。その検査機器を使えば、これまで以上に「病気」の原因がわかるというふれこみでの税金投入であった。ところが、その機器を動かす前に、すでに処方の基本路線が決められた。それも診断のために必要かつ利用可能な情報の精査抜きに、である。(*5)
折しも、3月27日、国会で2009年度の予算が成立した。
赤字国債が過去4番目となる25億7150億円に達し、歳入に占める国債発行額の割合は37.6%という状態である。
一般家計でこのような状態であったなら、私は弁護士として破産をお勧めすると同時に家計の見直しも指示する。給料は手取り38万円しかないのに、毎月60万円使っているということである。22万円は借金である。
景気の急激な悪化という要因もあるが、このような状態の中で、税金の使い道をシビアに監視するということはますます重要になってきている。
悉皆調査ということも、これと無関係ではないはずである。
多額の税金を投入して是非ともやらなければいけない調査なのかどうか、教育委員として、そして納税者として、引き続き、慎重に検討していかなければならないと考えている。
*1 「教育再生の迷走」(筑摩書房)p.140
*2 前掲書p.149
*3 山崎博敏(広島大学大学院教育学研究科教授)「教育の改善に全国学力・学習状況調査をどう活かすか:3回目を迎えた現在の課題」p.4
*4 前掲書p.144
*5 前掲書p.27
ほうれん草のパン
ほうれん草を入れるとなぜかモチモチします
