司法試験に合格すると、翌年4月から「司法修習生」となるのが普通である。
私の時は2年間の修習期間があり(現在は1年半)、最初と最後のそれぞれ4ヶ月は教室の中で実務の基礎的なことを勉強し(「前期修習」、「後期修習」と呼ぶ)、真ん中の1年4ヶ月は、全国の裁判所、検察庁、弁護士事務所にそれぞれ散らばって、実務修習を受けるというシステムであった。修習生は最高裁判所司法研修所に所属する公務員である。
前期修習と後期修習では、クラスごとに分かれ授業を受ける。各クラスは60名程度、それぞれのクラスには、民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護の5人の専属の教官がいる。いずれも、裁判所、検察庁、弁護士会から派遣されている実務家の方達である。教官たちは、とても面倒見がよく、そして修習生を根気よく指導してくださった。よく一緒に飲みに行ったりするなど、プライベートでもおつきあいしてくれた。人間的にも能力的にもすばらしい方が多い。
感覚としては、高校のクラスに5人の担任の先生がいるという感じに近いかも知れない。クラスの構成員も、年齢、受験歴、職歴などバラバラであったが、とても仲が良かった。「同じ釜の飯を食った仲」という感じだ。
後期修習の最終講義では、各教官が、それぞれ、私たちに「はなむけ」の言葉を下さった。
そのひとつが、民事弁護の教官が送って下さった
「アンテナといもづる」
という言葉だ。
法律実務家(特に弁護士)としての心構えを表すものだという。
「アンテナ」とは、その言葉からイメージされるとおりの意味で、いつもアンテナを張って様々な情報を収集せよ、ということである。
弁護士の仕事は実に多様である。弁護士の仕事=裁判というふうに思っている方も多いかも知れないが、裁判以外にも弁護士の仕事はたくさんある。私の仕事の半分くらいは企業がらみの仕事であるが、会社の契約書をチェックしたり、紛争になりそうな事案について、先方との交渉方法などを法律的観点からアドバイスしたり、他の会社と取引を行うに当たって法律上気をつけるべき点をレクチャーしたり、新しいビジネスが法律に抵触しないかを確認したりするなど、多様な法律、多様な事例に接することになる。単に法律知識を有しているというだけではなくて、対象となる事例についての前提知識が要求されることもある。
また、個人の方が依頼者となるケースでも、単純に法律を適用して解決するということが難しい場合もある。感情というものを計算に入れないと真の解決にはなり得ないからだ。そういう意味で、依頼者の微妙な心情に思いを至らせ解決へと導くことも重要な仕事のひとつだ。
というわけで、弁護士は、幅広い知識や経験に裏打ちされた仕事をすることが必要であり、そのために備えよ、というのが「アンテナ」だ。
そして、「いもづる」。
「いもづる式」などという言葉に示されるように、つるを引っ張ると次々と芋が連なって出てくるさまに引っかけて、気になることがあったら、そこからつるをたぐって関連することなどを探ったり、掘り下げたりして考えてみよ、ということ。
アンテナを張ってばかりではだめで、アンテナに引っかかったモノの中から、時には深く掘り下げてみたり、周辺の事柄に考えを及ばせたりすることが専門性を高めるということにつながるということだろう。
このように書くとなかなか難しそうだが、おそらく、多くの優秀な弁護士は無意識のうちにこれを実践しているのではないかと思う。
また、弁護士だけでなく、どんな仕事であっても、基本的には通じることではないかと思う。中学校にゲストスピーカーで招かれた際にも、中学生を前に、この話をすることもある。
私自身も、この言葉をいただいてから、ずっと実践してきたつもりだが、まだまだ足りないかも知れない。
そして、今日もアンテナを張り巡らしていたら、新聞で見つけてしまった。
「外務省人事」。
以前「肩書き」のところで書いた
「トリニダード・トバゴ兼アンティグア・バーブーダ兼ガイアナ兼グレナダ兼スリナム兼セントクリストファー・ネビス兼セントビンセント・グレナディーン兼セントルシア兼ドミニカ大使」の方である。
2月4日付の新聞で、「兼バルバドス大使」に任命されたことになっていた。
「ドミニカ」の下に「兼バルバトス大使」が続くのであろう(順番は違うかもしれない)。
どんどん長くなる「肩書き」。
目が離せない。
これを「アンテナ」の例にあげることが適切ではないということは、もちろん承知している。が、やはり気になるので。
