Ⅰ 少し前から、報道などで「学校選択制を見直す自治体が出ている」という話を耳にするようになった。
私が小・中学校に通っているころ(昭和40年代半ばから昭和50年代半ば)は、私立にでも行かないかぎり、通うべき学校は最初から決まっていた。「選択の余地なし」である。それが、いつの間にか学校は選択できるものになっていた。
Ⅱ 当初、この問題は、「通学区域制度の弾力的運用」として、昭和62年5月8日付臨時教育審議会「教育改革に関する第三次答申」で、続いて平成8年12月16日付行政改革委員会「規制緩和の推進に関する意見(第2次)」に基づいて、文部科学省が各都道府県教育委員会教育長に対して「通知」するという形を取っていた。
「規制緩和の推進に関する意見(第2次)」の「学校選択の弾力化」は次のような文章で始まる。少し長いが引用する。
公立の小学校・中学校については、子供の就学すべき学校は市町村の教育委員会が指定することになっており、子供は、原則として、指定された学校に就学しなければならない。この就学校の指定に当たっては、概ねどこの市町村においても通学区域が設定されており、この通学区域に基づいて、学校指定が行われている。指定された学校を変更できるのは、保護者が市町村教育委員会に申立てを行い、同教育委員会が相当と認めた場合に限られており、基本的に、保護者等に子供を通わせたいと思う学校を選択する機会は制度的にも実態的にも保障されていない。
子供が自己を確立しながら多様な価値を認め合い、それぞれのびのびと学習するためには、特色ある学校づくりを進めていかねばならない。各学校は、個性ある教育課程の編成に取り組むことなどに加え、教育を受ける側が何を求め、何を評価するかを重視していく必要がある。指定された学校以外の選択は困難という硬直した状況から、自らの意思で多様な価値の中から選択できる状況になるということは、選ぶ側の意識を柔軟にするとともに責任感を生じさせ、ひいては、逃げ場がないために生じている不登校の問題の解決にも寄与していくと考えられる。
なるほど。これを読むと、主体的に学校を選べるということは子どもの教育にとってすばらしいことであるように思われる。保護者にとっては、特に、地域にある学校の評判が悪い場合、「どこかもっとよい別の学校へ」という気持ちにもなるだろう。
Ⅲ その後、「規制改革推進3か年計画(改定)」(平成14年3月29日閣議決定)を受けて、「学校教育法施行規則」が一部改正され、平成15年4月1日から施行された。「学校選択制」が法律上の根拠をもつに至ったのである。
学校教育法施行令によれば、市町村教育委員会は、市町村内に小学校又は中学校が2校以上ある場合、就学予定者が就学すべき小学校又は中学校を指定することとなっている(令5条)。平成15年の学校教育法施行規則の一部改正では、就学校を指定する場合に、就学すべき学校について、あらかじめ保護者の意見を聴取することができる(規則32条1項)ものとし、この保護者の意見を踏まえて市町村教育委員会が就学校を指定することができるようになり、これが「学校選択制」と呼んでいる。
Ⅳ 実際の実施状況は、次のとおりである(平成18年5月1日現在のデータ)。
(回答自治体数1,872自治体)
① 小学校
学校選択制を導入している自治体は240自治体(14.2%)
実施を検討している自治体は214自治体(12.6%)
今後検討を予定している自治体は355自治体(20.9%)
② 中学校
学校選択制を導入している自治体は185自治体(13.9%)
実施を検討している自治体は193自治体(14.5%)
今後検討を予定している自治体は289自治体(21.7%)
今後検討を予定している自治体を合わせても50%前後であり、この数字をどう見るのかは微妙なところだ。
また、選択制のタイプにもいくつかあり、その中で「自由選択制」(当該市町村内すべての学校のうち、希望する学校に就学を認めるもの)を導入している自治体は、小学校で24自治体、中学校で55自治体とかなり少ない。多くの自治体は、従来の通学区域は残したままで、特定の地域に居住する者について、学校選択を認める「特定地域選択制」を取っている。
Ⅴ ここまでの流れを調べてみて、ふと気づいたことがある。学校選択制は、必ずしも教育現場や保護者などから出てきたものではなく、「規制緩和」という行政課題から出てきたものだということだ。そこには、経済活動における自由競争原理の適用を教育にも、という思想が見え隠れする。
選択肢が広がることは決して悪いことではないが、選択肢を広げようとする提案が、どこに起源を持つのかということには気をつけなければいけないと思う。公教育の理念は、国民に教育機会を均等に与えることであり、全国のどこにいても同じようなレベルの教育が受けられるということのはずだ。選択と競争によって、淘汰が行われるということは、淘汰された地域の子どもたちの教育機会が奪われるということを意味する。
選択制がいまひとつ広がらない、もしくは、ここに至って見直しが進んでいるということの背景にはそういう現場の意識があるのかも知れない。
幸いにも私の所属する教育委員会は、「地域とともに子どもを育てる」をビジョンに掲げているので、かなり明確な意思のもと学校選択制を採用していない。