この世界は今どうなっているのか?

 

 

Greatchain

2020/04/27

 

我々はウソをつくだけならまだよい。ウソをつかない者たちを、自分たちへの反逆者と思い違いして、殺すかもしれない。「まさか」という人があるあるだろう。しかしそれは、日本でもアメリカでも、どこでも十分にありうる。間違いなくその雰囲気が漂っている。GeoengineeringWatchDane Wigington氏ほど、人類が感謝し尊敬すべきWhistleblower(警告者)はいないであろう。しかし、彼に対するこの恐るべき無関心を考えると、彼へ真逆の敵意が煽られ信じられることも、十分考えられ、ゾッとする。

 

正当な疑惑というものが禁じられている。たとえばビル・ゲイツ氏に対する犯罪疑惑は、これまでの経緯や世論から、十分に立証されていると思われる。その場合、敬語を用いてはっきりその疑惑を口にすることは、公的なニュースでも許され、むしろ奨励されるべきである。これは、罵ったり敵意を表したりすることではない。これを禁じる、あるいは無言を強要するのは、極めて不当で、反社会的(犯罪的)な所業である。さらに言えば、今、不信感を抱かれているNIH所長Anthony Fauci(ファウチ)氏についても、疑わしきは論ぜよの原則があってよい。疑いがあれば、あると、ニュースで言うべきだ。間違ったら謝ればよい。その一事によって、どれほどこの暗い世界が、一気に明るくなるかしれない。

 

「そんなことがあるはずがない」と、大多数の人々が夢にも信じないようなことが、医療の世界などでも起こっている。例えば、「医療倫理など要らぬ、医者に良心など要らぬ」と堂々と主張する医者の権力者がいて、これが通用している。エゼキエル・イマヌエル(発音は違うかもしれない)という医師がその象徴的な存在である。これは何を意味するか? 何と、誰と——また、どんな不吉なものとつながっているか、想像するがよい。これは私自身が最近の入院で体験したことでもある。

http://www.dcsociety.org/2012/info2012/191222.pdf

 

また、現在起こっているコロナウィルスの蔓延は、自然に発生したものか、実験室で故意に発生させたものかを、一般には、問わないようにしている。これはこれで賢明なことである。これを誰かの罪にして事がおさまるものではなく、そんな詮索をしている時でもないからである。

 

しかし、より深く今後のことまで考えたとき、コロナウィルス作戦のみならず、細菌兵器、生物兵器、化学兵器などによる作戦は、現実には当然のように存在する。それを教えよと要求されたら、我々はその恐ろしい事実を勉強し、知識を共有しなければならない。特にどこの国(あるいは偽装国家)にその悪魔性が顕著であるかについても、ウィギントンの警告する気象兵器の、信じられない恐ろしさや狂気とともに、知っておかねばならない。それは原爆の理解ともつながっている。

http://www.dcsociety.org/2012/info2012/200321.pdf

http://www.dcsociety.org/2012/info2012/200303.pdf

 

同様のことは、「ペドフィリア」の現実についても言える。これを一般の人々に、当然のような教え方をすることは、社会常識から憚られる。それはあまりにも狂気じみて恐ろしい世界だからである。しかし教えよと要求されれば、その真実を教えなければならない。適当にごまかして虚偽を教えることは許されない。なぜか? それは我々に責任があるからである。co-creationという言葉がある通り、我々は神の創造に対する、共同の責任を負わされているからである。

 

ところで、David Wilcockの情報について、このところずっとインターネットのトップに出ている、Jenny McCarthy’s “Out of This World” Interviewという記事がある。これはWilcockCorey Goodeの両人に対し、聡明でウィッティーな女性司会者ジェニーが、打てば響くような問答をする小気味のよい鼎談で、私はこれを類いまれな作品と考えている。これは、字幕はあっても、聞き取るのが極めて難しく、早口であるにもかかわらず、これほどうまくいった討論はないと思える。この2人の完全な信頼関係に対し、「アンビリーバブル」と言いながらも、この超次元・超densityの世界と、そのDisclosureの内容を、これほど的確に理解する女性は、ちょっと見当たらないだろう。

 

そしてこれは「この世界は今どうなっているの?」という質問に対し、まさに時宜を得た答えを提供している。ここには、我々が日常接している、「奥歯にものの挟まった」タブーや、ごまかしや、頑迷の世界を完全に払拭する、気持ちのよい世界が展開されている。アンビリーバブルだが、彼らの話し方からして、彼らがウソをついているとは考えられない。

 

私は自分の無能をも顧みず、これを要約的にでも、訳せないかと考えた。しかし、私の老齢のせいもあり、これを、この論文の「ついで」に扱うわけにはいかないことがわかった。そこで、とりあえずこれは諦めることにする。我が国には、英語力も内容の理解力も、舌を巻くほどの方々が、いくらでもおられることを私は知っている。どうかそのような方々に、この鼎談のようなすぐれた文献を、翻訳紹介していただきたいものである。