琥珀 | 文芸部

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あの女性は一体誰だったんだろう…部屋に戻ってからしばらく、俺はそのことばかり考えあぐねていた。話しかけたらそそくさと行ってしまったので名前すら聞けなかった。この旅館の敷地にいたということは、たぶん俺より先に来た泊まり客か、もしくはここの従業員か…だいたいの憶測は立てられる。だが、そのどちらにしても不自然だった。まずは泊まり客という線だが、チェックインするときに名前を書いた宿帳に、俺以外の名前はなかった。だから当然俺は、他に泊まり客はいないものと思っていた。まずそれが一点。次に従業員という線だが、従業員なら客に話しかけられてさっさとどこかに行ってしまうというのは不自然だ。いくら何でも、俺が客だとわからないわけでもあるまいし。結局、どちらに考えてもあの女性が何者なのか皆目わからない。気にはなるが、答えを見いだせないまま時間は過ぎていった。

 

 

 

やがて、外が暗くなり始めた頃。部屋の戸がコンコンと鳴った。

 

 

 

「櫻井様、お食事をお持ちしました」

 

 

 

女将のメグさんが、夕食を持ってやってきた。もうそんな時間か…とりあえず俺は座敷に鎮座し、飯にすることにした。

 

 

 

 

夕飯は、ちょっとしたご馳走だった。富山産コシヒカリに、新鮮な刺身、ふぐ鍋に、白身魚の天ぷら、カットステーキ、そしてもちろんビール!なんでもアルコールは別料金になるらしいが、旅行にきておいて酒を飲まないなんてことは考えられなかった。

 

 

 

「おつぎいたします」

 

 

 

そう言ってコップにビールを注ぐメグさん。そんな彼女の顔を見ていて、ふと思った。メグさんなら、あの白い着物の女性について何か知っているんじゃないかと思ったのだ。

 

 

 

 

「ちょっといいですかメグさん」

 

 

 

 

「あら、どうしました?」

 

 

 

 

「実は…」

 

 

 

 

俺は昼間見かけた女性のことについて話した。彼女の容姿、服装、そこまで話したところで、メグさんはポンと膝を叩く。

 

 

 

 

「ああ、それならうちの娘です。名前は広石琥珀といいます。人見知りであまり外に出ない娘ですが、また見かけたら話しかけてやってください」

 

 

 

な、なんと。メグさんに娘さんがいたとは…なるほど。しかしよく考えてみればメグさんもそれなりの歳だ。子供がいてもおかしくはないか。

 

 

 

そんな話をしながら、食事を平らげた俺は早めに風呂に入り、その日は特にやることもなく床についた。