泉上 | 文芸部

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「私は実のところ、この時代の人間ではありません。別の時代から来ました。恐らく言葉で説明してもわからないほど遠い先の未来から」

 

 

 

吉川さんは突然そんなことを言い出す。この時代の人間ではないって…?遠い先の未来?どういうことなんだ…?つまり未来人ということか?吉川さんが?…冗談はよしてくれ。そんなことあるわけがない。

 

 

 

 

「100年先だとか、200年先だとか、そんな数で表せる未来ではないんです。この文明が終わった後に、新しくでてきた次の文明、全く新しい時代から私は来ました」

 

 

 

 

俺はますますわけがわからなくなる。未来とか、新しい時代とか言われてもなんのことやらわからない。頭がこんがらがって脳みそが耳から出てきてしまいそうだった。

 

 

 

 

「そんな…あなたが未来人だなんて…そんなことあるわけない…」

 

 

 

「そうですよね、普通そんなこと言われても信じられませんよね。でも、それでいいんです」

 

 

 

そう言って彼女はかすかに笑った。

 

 

 

「いいって…どういうことですか?」

 

 

 

「だって信じるか信じないかによって結果が変わったりしないでしょう?例えば今ここにいるあなたは櫻井証さんです。岡田力でも、夜王でも、長淵でもありません。誰かがあなたを櫻井証だと信じずに岡田力だと言ったところで、櫻井さんの名前は変わりはしないんです。信じるか信じないかなんて、現実には何の影響も与えないんです」

 

 

…確かにそうだ。名古屋の大先生のブログにいる人間たちは俺のことを岡田夜王長淵だと、十人中十人がそう思ってるが、だからといって俺が櫻井証であることは変わらない。言われてみれば当たり前のことだ。

 

 

 

「ですので、そのことに関しては今は保留しておいてください。それよりも、今はもっと重要なことがあります」

 

 

 

「重要なこと…?」

 

 

 

なんだ、重要なことって…彼女が未来人であること以上に重要なことが、まだ何かあるのか…?

 

 

 

「先日、櫻井さんは私に電話で、駆け落ちをしてくれと言いました。それに対して私は同意しましたが、念のため最終意思確認のために直接会って櫻井さんの気持ちを確かめました。その結果、櫻井さんは真剣にそれを望んでいるという意思を私は確認しました」

 

 

 

淡々と話す吉川さん。そして意を決したように彼女は言った。

 

 

 

「ですので、これから櫻井さんを私の時代にお連れします。これは契約なのです」

 

 

 

なん・・・だと・・・

 

 

 

「どうして…どうしてそうなるんですか!そんな話聞いてませんよ!急に未来人だと言い出して、私を別の時代に連れていくなんて!誰もそんなこと聞いていない!」

 

 

 

「櫻井さんは今の境遇から逃れたくて、私と駆け落ちしようと思ったんでしょう?それなら選択肢は一つしかありません。古い時代に別れを告げ、何もかもが生まれ変わった新しい時代に来ること。それ以外にどうしようもありません。この時代に留まる限り、あなたは一生この時代でのしがらみを持ち続けることになります。あなたはやがて老い、病にかかり、50年先の未来さえ見れないまま死ぬのです。そんな人生にならないよう、最善の方法を提示しているだけなんですよ」

 

 

 

「…最善の方法ってなんですか…」

 

 

 

「私たちの時代に来れば老いることも、病気をすることもなく、少なくとも100年以上は生きられます。食べ物にも困ることはないし、そもそも食べなくても生きれる体になります。これが最善の方法ではなくて何ですか?」

 

 

 

俺はゴクリと唾を飲む。そんな世界が本当にあるんだろうか?にわかには信じがたいが、もし本当にあるならそれほどいい世界はない。ふつう、人間は確実に老いていくものだ。友人の喪蛾だって、今や白髪混じりの半老人だ。歳を取れば当然病気もする。喪蛾は最近(今に始まったことではないが)ボケてきて、日本語の理解すら怪しくなっている。明らかな認知症だ。喪蛾だけじゃない。同世代の友人だって、ちょくちょく健康診断に引っ掛かり出してる。病気というのは恐ろしい。それがない世界ならどんなにいいだろうか。

 

 

 

「どうです?こちらの時代よりよほどいいでしょう?」

 

 

 

「…」

 

 

 

俺はためらいつつも、黙って首を縦にふるしかなかった。

 

 

 

 

「いずれにしても、今更契約の取り消しはできませんけどね。それでは、転送システムを起動します」

 

 

 

そういって彼女は指をパチンと鳴らす。すると、急に俺の視界はまばゆい光に包まれ、そこで俺は気を失った。

 

 

 

 

 

どのぐらい経ったのだろう。気が付くと俺は、大きな蓮華の花の中にいた。空気は澄み渡り、花のいい香りがするが、周りの景色が見えない。ここは一体どこなんだろう…

 

 

 

「櫻井さん、聞こえますか?」

 

 

 

すぐそばから吉川さんの声が聞こえた気がした。だが、ぐるっと周りを見ても誰もいない。

 

 

 

「ようこそ、新しい時代へ。さっそくですが、櫻井さんには前の時代での記憶を消すため、500日の間そこで過ごしていただきますね。ここでは食事などは摂らなくても大丈夫なので安心してください。あと、催眠作用のある電波を流すので、基本的には24時間寝ていていただきます。寝ている間は常に脳に快楽物質が流れるよう調整してありますので、きっといい夢が見れると思いますよ」

 

 

 

もはや、俺には抵抗する気概も残っていなかった。好き勝手に言われるまま、全てを受け入れることにした。

 

 

 

「では、眠くなりまーす」

 

 

 

彼女の言葉を聞き届けたあと、俺はゆっくりと目を閉じる。全てをなすがままに任せて。目が覚めたとき、俺はきっと新しい世界の一部になっている。そんな気がした。