起点 | 文芸部

文芸部

ブログの説明を入力します。

それからさらに数か月が過ぎた。結局酒と煙草で金を使い果たした俺は生活保護受給者となっていた。あれから結局仕事を探す気になれなかった俺は、ほとんど引きこもりの状態で飲酒を繰り返し、資格試験も名目上受けてみたが全て不合格。一時的に入院を余儀なくされ、医師からはアルコール依存症と診断され、あえなく生活保護に身を落とした。もはや完全に終わってしまっている。生活自体は会社をやめた頃と大して変わっていない。ただ違うのは、パチンコ屋に行く機会が増えたということだった。以前は貯金のためにギャンブルは控えていたが、生活保護になってからその縛りは消えた。今日もこうしてパチンコ屋に入り浸っている。

 

 

「いやー、今日は珍しく大当たりでしたな、櫻井さん」

 

 

 

…この男は俺のパチンコ仲間で、あだ名は喪蛾と言われている。毎日ここに来ているうちに声をかけられ、話すようになった。この男がまたどうにもうざったい奴で、もう50にもなるのに毎日のようにここに来る。話によると、以前は日雇いで警察署に荷物を搬入する仕事をしていたが、長引く不況の影響であえなく解雇。生活保護を受けて毎日パチンコ三昧というわけだ。本当、こんなのと一緒にされているかと思うとやるせない。しかも俺よりパチンコがへたで、ほとんどの日は負けこんで帰るがたまに当たるとこうして上機嫌で飲みに誘ってくるというわけだ。

 

 

「そうですね、7のつく日は当たりやすいですからね、それじゃ今日はこの辺で…」

 

 

「いやぁ、そう言わずに櫻井さん、どっか飲みに行きましょうよ。一杯だけなら奢りますから」

 

 

…またこれだ。本当にこの男はうざったい。酒を飲みに行きたきゃ一人で行けばいいだろうに。こいつが飲みに誘ってくるのはたいていが駅前の立ち飲み屋で、奢ってくれるのは缶チューハイ一杯が関の山だ。こんなオヤジと立ち飲み屋で飲むぐらいなら、酒買って家で一人で飲んだほうがよっぽどいい。とはいえ無下に断るのも悪いので、いつも付き合わせれている。

 

 

「…わかりました。一杯だけなら」

 

 

「そうこなくっちゃ!じゃ、いつもの店に行きましょうか」

 

 

 

仕方がない。一杯だけ飲んだら適当に理由をつけて帰ろう。そう思いながら歩き出そうとした。そんなとき。

 

 

「…あの、すみません」

 

 

不意に背後から声をかけられた。なんだろう、と一瞬思ったが、どこかで聞き覚えのある声だった。

 

 

「何か御用ですか?」

 

 

喪蛾はすぐに振り向き、そう言った。

 

 

「あなたじゃなく、そっちの金髪の方です」

 

 

俺はその声の主の姿を見て驚嘆した。そこに立っていたのは…

 

 

「…吉川さん!」

 

 

 

 

 

もうどれぐらい会っていないのか思い出せない。しかし会って別れたあの日から一日として忘れたことのない人。吉川優だった。

 

 

 

「櫻井証さん、ですよね?」

 

 

 

「お知り合いですか、櫻井さん」

 

 

喪蛾が尋ねてくるがそんなものは全く耳に入らなかった。

 

 

「やっぱり櫻井さんだ!お久しぶりです、覚えてます?私のこと」

 

 

「覚えてるも何も…忘れたことがありませんでしたよ」

 

 

「ふふ、そうですか。ところで櫻井さん」

 

 

そこでほんの数舜、吉川さんは俺の服装にちらっと目をやったような気がした。

 

 

「今日は、お仕事お休みですか?」

 

 

「…あ」

 

 

そこで俺は言葉を詰まらせる。そうか、今はまだ平日の三時になったかならないかの時刻。この時間なら普通仕事をしている。この時間にこんなよれよれの私服で、外をほっつき歩いているのだからそう思われるのは当然だ。けど、違う。なぜなら仕事なんてとっくにやめてしまって、今は…できればこのことは彼女には知られたくないな。なんて考えているときだった。

 

 

「休みもなにも、我々は仕事なんてありませんからね。ねぇ櫻井さん」

 

 

喪蛾が空気を読まずにいきなり口走る。なんてことを言ってくれるんだ、このバカは…

 

 

 

「そうなんですか?櫻井さん」

 

 

吉川さんが俺に聞いてくる。俺はほとほと困り果ててしまった。

 

 

 

「いや、これには深いわけがありまして…」

 

 

このままではますい、どうにかしないと。そう思って夢中になって考える。とにかく何とかこの場を切り抜けなくては、そう思い口を開く。

 

 

 

「…吉川さん、もしお時間よろしければ別の場所で少しお話しませんか?話さなくちゃならないことがあるんです」

 

 

とっさに口から出た言葉だった。混乱してしまって、いい言い訳が思いつかない。だから場所を変えて話したい。そんな身勝手な頼みだった。断られたら完全に終わる。頼む、行くと言ってくれ…そう心の中で念じた。

 

 

 

 

 

 

「わかりました。それじゃ駅のほうに行きますか?マクドナルドとかスターバックスぐらいしかないですけど、そんなところでよければ」

 

 

よ…よかった。俺はホッと胸を撫でおろす。

 

 

 

「ええ、ええ、全然いいですよ。それじゃ行きましょう。それじゃ喪蛾さん、用事ができたので今日はこのへんで…」

 

 

「あ、ちょっと櫻井さん」

 

 

 

俺はとにかく急いで、逃げるように吉川さんを連れて駅前へと向かっていくのだった。