演奏 | 文芸部

文芸部

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終末世界。戦争によって崩壊した街、大阪。ここへ来るのは何年振りだろう。思いを馳せると、あの頃の記憶が蘇ってくる。

 

 

 

あの頃、戦争でこの街は壊滅状態に陥った。昼夜を問わず続く空爆、容赦なく降り注ぐ巡航ミサイル、そのあとに上陸してきた敵の大群によってこの街の中心部は焦土と化した。守っていた味方の部隊は制空権を取られてまともに戦えず、大阪を諦めて撤退していった。最強と言われた帝の軍が、見事に蹴散らされて散り散りにされてしまった。このとき私は思った。この戦争は負ける、と。大阪が陥落した翌日には、東京への猛攻が始まり、三日後には東京の陥落が伝えられた。

 

 

 

その後、同盟国の陸海空軍がようやく救援に駆け付け、敵を撤退させてくれた頃には国はボロボロ。ようやく空爆が終わった街で次に起きたのは略奪の嵐だった。暴徒たちは武装し、街から街へと暴虐の限りを尽くして荒らしまわった。暴徒たちは警察にすら平気で牙を剥いた。その結果繰り広げられた骨肉の争い。街に積みあがったのは警官と暴徒の死体の山、山、山。ただただ地獄絵図だった。

 

 

 

私は歯を噛みしめ、拳を握りしめる。それでも…それでもっ!国民は諦めなかったはずだった!戦争が終わった後、廃墟と化した全国の街で、必死に復興しようと勤め、働き、興してきた!ある者は復興住宅建築のために立ち上がった。ある者は治安回復のために警察や自警団へ。ある者はボロボロになった帝の軍を立て直すために軍へ。一人一人がそれぞれの思いを持って、この国を復興させようと努力した。全国でその芽はでていたはずだった。それなのにっ!

 

 

 

共産主義者たちが起こした内戦。西南戦争以来のこの内戦で再びこの国は戦火に見舞われた。東日本での蜂起は事実上失敗に終わった。関東、東海、東北では帝の軍は勝った。しかし西日本では一部地域が共産主義者に占拠され、戦火は関西へと飛び火した。その戦いの末、兵庫は陥落し、大阪は激しい攻防の末なんとか守り抜いたが戦争後よりひどい荒野と化してしまった。

 

 

 

今、私は大阪の街を一望できる丘の上に立っている。見えるのは見渡す限りの廃墟。戦いは終わった。しかし復興しかけていたこの街にはもう何も残っていない。…くそっ!共産主義者めっ!裏切り者めっ!ただただ絶望だけがそこにはあった。

 

 

 

しかし前を向かなくては。もう戦いは終わったのだ。この街には何も残っていないとしても、やっと平和がやってきたのだから。

 

 

 

私はボロボロになった鞄から愛用のトランペットを取り出し、少し磨いてから構える。そして演奏を始める。曲はドボルザークの、新世界より。この曲はドボルザークがアメリカに渡ったとき、故郷を思って作った曲。まだ何もない新世界で。そう、まるでこの街のような、何もない世界。滅んでバラバラになった街への絶望は心の底に棘のように刺さって抜けそうにない。それでも私は…ここで演奏をしていれば少しだけ希望の光が見えるような、そんな気がした。