「何でも信じますよ、と僕は言った。」 | 猫の島調査報告書

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月夜にささやかな酒宴 ことのは積み上げ十年目

■今朝の1冊

 

「僕の名はアラム」/ウィリアム・サローヤン/新潮文庫。

 

 

久しぶりに違和感なく作品にのめりこんだ。

幸せな時間を味わえた連作短編集(もしくは短い章の集まった長編)。

子供時代の感覚・世界の認識の仕方を、こんなにさり気なく明瞭に言葉で表せられるものなのか。

出来れば小学生と大人になってからと2回読むのをオススメ。

 

1910~1920年代にカリフォルニアに住む、主人公アラムの少年時代の日常的エピソードが連綿と繰り出される、言ってしまえばそういう平和で素朴な小説。

なのだが、楽しすぎる。

 

似た感触だと、リンドグレーンの「やかまし村」シリーズかな。

あれに更に周囲の大人達との関係が加わっていると考えると(個人的には)近い。

そういやリンドグレーンも完全同年代だ。

 

 

関連事項としては、

サローヤンの背景のアルメニア移民であることを少し知りたいと思った。

作品自体はサローヤンの自叙伝に近いとも言われるカリフォルニア州フレズノの平和さ、古きよきアメリカが伝わるのだが、作中アラムが13歳までカトリックの洗礼を受けていなかった、とか。アメリカ人ではありません、とか。移民ゆえの親戚との関係とか。

親はアルメニア語、サローヤンは英語しか話せないため作品は読んでもらえていないというのも。

この作品では特に、「言った」「言えなかった」「書いた」「外国語を話す」「言語なしで喋るのよ」と言葉に関する記述が強調されているのも気になる。

 

あと世界史的に、アルメニア自体が面白いんだよなぁ。

黒海とカスピ海に挟まれて、旧ソ連の端でトルコと接している東欧とアジアのせめぎ合いエリア。

国土はコーカサス山脈の上に広がり、広めの湖を持っていてノアの方舟の伝説の舞台で人類の起源の場所とも言われる。

 

 

「僕たちは何も言わなかった。言うべきことはものすごくたくさんあって、それを言える言語なんてありはしなかったのだ。」

(P.70)