![]()
![]()
![]()
27 ℃ 73% ![]()
![]()
9+00
さんが亡くなってから約1週間。冷たい一時安置所で待ってて貰いました。(東京は特に混んでいるそうです。)
昨日 築地本願寺に移送してドライアイスで今日まで保存。
フカフカのお布団の上でか細い両手を組んだ姿は思ってた以上に綺麗に保たれていました。
普通 こんなに長く待つと崩れたり変色したりと見た目に変化が出るそうなんですが、
さんは全然そんなことは無くて綺麗に化粧した姿で愛用の服を纏って横たわっていました。午前11時からかなり広いお部屋でお葬式が始まりました。
近親者のみなので読経の間に2度のご焼香。その後の棺への華と記念品の内装。
珠算の段持ちなのでその賞状と小さな算盤、大好きだった宝塚関連のパンフレットやラウンドダンスで使用した金ぴかの靴も一緒に、また普段愛用の帽子を中と外に1つずつ。そうそう昨日大きな白桃も入れてあげましたね。
後は沢山の花。特に大好きな蘭の花やユリ、カーネーション等。赤白青と豪華になりました。
さんはそっと1機のボーイングジエット機のミニチュァを入れてあげました。
棺のお顔の蓋を閉じる時は娘はもう大泣きで回りも皆貰い泣き状態。![]()
![]()
![]()
自分は最後に冷たくなった頬へのなでなでをしてお別れの…にしました。![]()
桐ケ谷斎場は結構混んでいて7基の焼却炉がフル稼働。皆さん家族葬らしく10~15人ほどのグループばかりでした。
色々なお坊さんや神主さんとそれぞれ異なった読経が繰り広げられていましたね。![]()
予報では午後からは土砂降りの雨の筈が。。。流石晴れ女の
さん、本願寺に戻るまで時折の青空。。
流石に夕方には
と風が強くなってきましたが。。![]()
これでマンションで49日迄一緒に過ごせることになりました。あれほど緩和ケア病棟に入院しても一度くらいマンションに帰れるかも。。との思いは叶いませんでしたが、やっと
さんのもとに戻ってこれました。
入院してから丁度3週間で亡くなりましたが、それから更に1週間かかりましたね。お疲れ様。
そろそろ向こうの世界で懐かしい人々と人生の修行を終えてきたよーーと積もる昔話でもしている頃でしょうか。
さんの 向こうで待っててくれよ、俺も直ぐ逝くからの願いも聞いて貰えるかな?
俺はあと何年この世で修行をしなくてはいけないのか。。向こうで あら意外と早かったわねとなるか まぁ随分と遅いじゃんと言われるか.仏さまでもあるめーし私には分かりませんな。![]()
本人の希望で友人、知人達、および遠くの親戚への連絡は今はまだ控えています。
49日を過ぎてからポツポツと聞かれたら個別に返答しようと思います。
