想像の「フクシマ」ではない現実の「福島の物語」を感じてほしい(安積咲)<参院選?特別コラム> | graybanのブログ

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福島県における参院選の結果は、私の周囲の多くの事前予想を裏切らず、昨年末の衆院選に続き自民党の一人勝ちのような結果となりました。メディアは「原発問題」にばかり注目し、再稼働や脱原発を強調する党と福島県民の関わりを強調していましたが、実際にはそれ以上に、毎日の生活を支える力が欲しいと望む人々が多いという証拠を示したのではないでしょうか。 (福島県郡山市在住?安積咲)

選挙前のコラムでも、昨年末の衆院選時のコラムでも書かせていただいたように、何よりも震災からの復興を、福島に住む多くの人が望んでいます。それだけに、復興よりも原発事故後の悲劇や怒りばかりをクローズアップする報道に、共感できない人も多いのではないかと思います。

一方で、東京の選挙区で当選を果たしたある候補者について、ネット上では様々な感想を目にしました。脱原発を掲げ、福島の未来を守れと熱く語り続けるその候補者は、なぜか東京で出馬し、当選しました。

個人的に、その候補者が今まで福島に対し取ってきた言動は、私としては受け入れ難いものでしたから、残念な結果ではありました。けれども、パフォーマンス能力に長ける役者や音楽家、言葉が巧みで物語性のある話のできる作家などが、選挙活動で聴衆を惹きつけるのは無理もない事と思います。

候補者に対する情報など、元芸能人や有名人であればあるほど、その政策や主張の内容よりも、知名度や話術に左右されてしまうのが現状です。それはインターネット選挙という門戸を新たに開いた今回も変わってはいないと感じさせられました。

○ 福島ではなく「フクシマ」を必要とする人たち

これは選挙のみに限った話ではありません。震災以降、福島県を語る際には、必ず原子力発電所の事故と放射性物質汚染を絡めた「物語」を付随させるのが約束事のようになっています。

前にも書きましたが、私はただ、福島の今と現実をありのままに見て欲しかった。

「福島」が「フクシマ」に書き換えられた、とも書きましたが、あの日からここは物語の舞台になってしまいました。それも、この福島に生まれ育ち、そこに暮らす人間ではなく、「フクシマ」の物語を必要とする人々の舞台に。

私が震災後に目にした忘れられない光景の一つ、それは、原子力発電所の避難区域から避難してくる方々を乗せたバスが、郡山市の開成山公園の避難所、そしてその傍の市民体育館に到着した時の情景です。

そこは避難区域から避難された方々が、一度スクリーニングを受けてから他の避難所へと移っていく、中継地点でもあったようです。

バスに乗っていた方々の表情を見た時、私は声を失いました。それくらい、痛々しく、全ての色が喪われたかのような表情――いえ、とてもこのような言葉では表せないほどの、絶望を感じさせる空気が、そこにありました。

今まで私は、あそこまで胸を押しつぶすような表情をした人たちを目の当たりにしたことはありませんでした。それは確かに、私の知らなかった「福島」の姿であったかもしれません。

けれども、私はその方々と、直接言葉を交わした訳ではありません。不安だったのか、疲れていたのか、憤りを感じていたのか、何も考えられないほどに虚無感を抱いていたのか。様々な想像が駆け巡ったものの、それらはあくまで私の想像であり、本当の想いなど分かるはずもありません。

なので、彼らがどのような気持ちであったかなど、本来私には書く資格などないのです。彼らの感情は彼らのものであり、そこに同じ県内の人間とはいえ、同じ体験さえしていない他人の私が、彼らの気持ちを語るような事はあってはならないと思っています。

ところが、人はそのような光景を見た時に、自分の中に物語を作りがちです。相手の気持ちを推し量ろうとすればするほど、想像でその想いまで作り上げてしまいかねません。

それは相手を慮ればこその行動で、決して間違いではありませんが、それを下敷きに己の主張を乗せようとする人が多いと感じさせられたのが、この震災後でした。

私は子供の頃から反原発を訴えるアーティストや作家たちの作品を見ていましたから、「もしも何かが起こったら」の先に、作家たちがどういう世界を描いていたかも知ってはいました。それはおどろおどろしい世界の終わりです。「とても大変な事になるのだ」と恐怖を煽り、警鐘を鳴らすような作品がほとんどでした(そして私は福島に住んでいながら、それを遠い沿岸地域の問題としてしか認識してこなかった。これは恥ずべき事と思っています)。

そして実際に事故が起きた時、彼らは私の予想通りに「彼らの描いた世界」を声高に主張し始めました。彼らが描く世界では、「フクシマ」の人たちは常に発電所に対し怒りと恨みを持ち、放射性物質汚染に怯えて、健康被害に苦しんでいる存在でした。

「福島に住む子供の鼻血が止まらない」「郡山市ではペットが次々と死んでいる」など、郡山に住む私の周囲ではまず目にしない事態をまことしやかに書いたツイートを拡散する芸能人もいました。

それらは彼らの思い描いた「フクシマ」に沿う姿だったのでしょう。そんな事実はないと否定する現地からの声は無視されることもありました。それは彼らの描く世界に必要のない姿だったからではないでしょうか。

東電の体質を揶揄する歌、放射性物質汚染を暗示するエピソードの織り込まれた舞台、ドキュメントと称した映画、すでにいくつもの創作物が発表されています。

それらに共感した被災地の方々も、もちろんいらっしゃるでしょう。

けれども私にとっては、福島とそこに住む人間を、彼ら作家やアーティストたちの望む方向に利用したものとしか感じられない、そんな作品がほとんどでした。

確かに、これまでに経験したことのない混乱も、恐怖もありました。今でも事態は収束していませんし、楽観などできません。

しかし、現実は想定された世界とは違っていました。

時折思い出したように「フクシマ」の話をする人々の中では、「フクシマ」の時間は震災からずっと止まったまま。フクシマの住民は悲劇の弱者。そう思われているようです。しかしそれはあまりにも断片的な姿でしかない。

容赦なく繰り返される毎日は、悲嘆にくれる暇さえ与えてはくれなかった。前を見るために、どうすればいいかを考え、立ち上がろうとしてきた。辛く悲しい事があったとしても、そんな中であっても、笑顔を見せた人たちがいた事を私は忘れない。

そういう姿を、被災者が辛い中にでも見つけた希望を描こうとしている作品には、残念ながらまだあまり出会えていないと感じます。

○ 物語と現実を区別できない政治家の怖さ

創作物ならばまだいいでしょう。私には受け入れ難くとも表現の一つとして存在しうるものです。

ですが、今回の選挙活動においても、そのような「自分の求める物語の舞台としてのフクシマ」ばかりを語る方がいたと思います。確証もない健康被害を強調するのも、そんな己の物語に沿った事例を、彼らが求めていたからではないでしょうか。

そして作家や芸能人も政治家を志し出馬することが多い中、そのような「物語」と「現実」を区別できない人たちが政治の世界にも見受けられるのは、悲しく、恐ろしくさえあります。


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