表紙は秋らしく紅葉した金華山のスケッチです。
この金華山は北から見た金華山ですが
実は金華山の紅葉は南から見た方がキレイなんです。
というのは北面は紅葉する落葉樹が少なく
秋冬は群青色っぽい景色です。
一方、南面はタカノツメやコナラ、ハゼノキなどが
とてもキレイです。
だいたい11月の下旬から12月初旬あたりが時期です~!
今回の特集は美濃の国へタイムスリップ!
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岐阜城は、斉藤道三や織田信長、ゆかりの城。
道三は、どんな考えで金華山の山頂に城を作り、どんな思いで守り続けたのだろう。信長は、この城で、何を見、何を聞き、どんなタイミングで「天下統一」を始めようと思ったのだろう。
天守閣の最上階より見下ろす、岐阜の町並み、そして清流長良川、広がる壮大なる絶景を目の前にすると、思わず、武将の気分に浸ってしまう。いかん、いかん、今日もまた、戦国時代へと飛んでいってしまった。
しかしながら、この美しい景観を見れば「日本の百名城」に選ばれるのも納得だ。
紅葉の季節、また絶妙なる景色が、この天守閣から見れるだろう。
そしてまた、戦国時代へとタイムスリップ、
「天晴れじゃ!!」
岐阜城は日本一有名な武将織田信長が
一番、アゲアゲの頃にすごした城です。
岐阜を拠点にいよいよ天下を望むか!って
思ったと思います。
秋冬の空気が澄んだ時期に一度岐阜城からの
風景を見てください、信長の気持ちがよく分かりますよ。
眼下に長良川がありその先西方面に伊吹山がそびえ
その先に都がすぐそこにあるような錯覚をします。
僕は歴史の事はそんな詳しくないのですが
この岐阜城には、織田信長、明智光秀、
豊臣秀吉(当時木下藤吉郎)など誰もが知る
天下に手をかけた武将達が現実に存在していた城です。
そして斎藤道三もわすれてはなりません。
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斎藤道三
戦国大名。織田信長の岳父。長井新九郎規秀。油売りから一代で戦国大名に成り上がった「下克上の代表」だと思われていた。近年の研究では父、長井新左衛門尉が妙覚寺の僧から還俗して武将となり、美濃守護土岐氏の奉行にまで出世しており、道三はそこから美濃を手中にしたということになっている。1556年、家督を譲った長男義龍と対立し、長良川の合戦で戦死。
現在岐阜城の表玄関は岐阜公園がある
西山ろくあたりですが
斎藤道三がここを治めるまでは
どちらかというと南方面、今の水道山や岩戸あたりが
栄えていたようです。
今の岐阜市のまちなみの基礎を築いたのは
斎藤道三からだといわれています。
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美濃のマムシ殿
今日逢いに行く人はイケメンでも韓流スターでもありません。
【美濃のマムシ】に逢いに行きます。
【美濃のマムシ】こと斉藤道三。金華山は登山だけでなくプチ歴女にもなれちゃうんです!
昔は油を売っていたそうで、天ぷら屋?ポテチ?
どっちにしろ太りそーだぞ!
ろくに仕事せず、喋ってばかり…ってウチの係長か!?想像は膨らむばかり、
美濃の国へタイムスリップ!
全国の山ガールの皆さん、一度金華山に遊びにきてね!
今回の取材は朝から悪天候で登山者数自体が少ない日でした。そんな日に出会った山ガール達は本当に登山が好きな「金華山ガール」でした!
今回はなかなか時間が取れなくて
ホント短時間の取材でした。
でもなんとか山ガールに取材できて一安心。
金華山にはいわゆる山ガールは
結構たくさんいるので
それはそれで誰にお願いするかを悩みます。
で、できるだけあるものを身に着けている
山ガールにお願いしました。
それがあるのとないのでは
おしゃれ度が全然違ってきます。
そのあるものは「帽子」です。
みんなおしゃれな帽子をかぶってました。













