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今日は、朝7時にプノンペンを出発して、コンポンチャムに行って来ました。
詳しいことは次の記事で書きます。
とりあえず今は、帰りの車の中で思ったことを書きまくる!!笑
途上国支援をしているとしばしばぶち当たる壁。
それは、その国の社会制度や社会風習。
例えば、前の記事でも書いたけど、リスク管理感覚の不足が教育制度に起因してることとか。
HIVの話でも、教育制度の話はよく出てくる。
教育に限らず、誠二だったり、医療だったり、
あとは生活習慣、社会的な風習も時には壁になりうる。
もう、訳分かんなくなるよね。
自分がいくらやっても、圧倒的な制度を前にして、その努力は何にもならないかもしれない。むしろ、現状を悪くしてしまうこともあるかもしれない。
GRAPHISがいくらGHCを支援しても、この国の医療制度は何も変わらないかもしれないし、無駄に失われる命は絶えないかもしれない。
GRAPHISがどんなに努力しても、本当に助かる命って(今のままだと)年間数人とか、そのレベルかもしれない。
メンバー40人が1年間、学校やバイトで忙しい中、必死に努力した結果、1人の命しか救えませんでした。
極端な話、正直これが現実だと思う。
たとえ救急の患者さんに治療をして、その時は生きられても、
その後搬送された病院で1ヶ月後に亡くなりましたとか、
お金が無くて十分な医療がうけられなくてとか、
そんなのいくらでもありうる。
その解決には、もっとちゃんとした医療制度、医療保険制度がなければいけない。
そこまで考えたら、もう話が大きくなりすぎて、訳分からなくなる。
制度の問題か。。。
うーん。
難しいね。
うちらどうしたらいいんだろ。
うーん。
(沈黙)
みたいなパターンはスタツアのミーツでもよくある話。
もちろん、日本のミーツでも。
でもさ。
結局、その議論の末にどんな効果が現地にもたらされるのか。
現地で何が変わるのか。
僕には疑問です。
以前、何かの本で
「難しい」は思考停止語
というのを見た気がします。
難しいと考えた瞬間、そこで思考が停止する。
私には難しくて手に負えないからいいや、という考えになる。
これは幹部になってからも自分の中で持ち続けていた考えで、経験的にかなり当たっていると思う。
「難しい」
は
現状に対する逃げ。
難しいと言って現状を把握し、謎の達成感を得ても、そこから何も生まれない。
15万かけて行くスタディツアーで学んだことが、
「難しい」
ただそれだけだったとしたら、それはスタディツアーではないと僕は思う。
ただ、難しいと感じ、一度は挫折しながらも、また光明らしきものを見つけだすケースもある。
例えば、
難しい→自分たちだけではどうにもならない→伝えることで支援者を増やそう
という思考回路。
でも、これについては前に書いた通り、どこまで本気でやれている学生がいるのか疑問。
また、
難しい→でもごく少数だけど助かっている→それで良しとしよう
これもよくわからない。
確かに、
助かる命に感動する、そこに価値を置く
というのは継続支援のモチベーション維持としては間違っていないと思う。
でも、モチベーションを得るのと、結果を貪欲に求めるのはまた別の話。
いくらモチベーションがあっても、現地に(表層的あるいは深層的な)効果が無ければ意味が無いと思う。
その他にも色々なケースがあるけれども、
往々にして、
難しいと考えることは現状への逃げとなるケースが多い。
その難しいと感じた感覚から、本当の光明を見つけだすには、強いモチベーションが必要。
色々なことに頭が働いて、現状の複雑さを把握し、難しいと結論して終わる人よりも、
難しいのは分かってる、でもどうにかして現状を変えたいんだって言う強い意志を持って、それを原動力にできる人の方が
よっぽど現地のためになる。
その原動力が本物なら、頭いいとか悪いとか関係なく、戦略的思考は身につくようになると思う。
そこまでの気力があるかどうか。
まぁ結局何が言いたいかというと、
与えられた環境に挫折せず、そこでBESTをつくせ
ということです。
現状を見て涙を流すほど入りこむのはすごく大切なこと。
ただ、その涙を涙で終わらせるのではなく、現状にチャレンジする原動力にするべきだと思うのです。
その方がよっぽど現地のためになるし、スタディという意味で、自分のためにもなります。
スタディツアーの時だけ学べばいいわけではなくて、むしろ
GRAPHISの活動全体から、常に何かを実践的に学び続けられるくらい、BESTを尽くした方がいいと思うのです。
制度的な理由の難しさがあるのは、どの国でもレベルは違えど必ずぶち当たる壁です。
カンボジアでも、日本でも。
今そこで挫折していては、日本のこの競争社会の中で生きていけない気もする。
逆に、そこで粘り続けられれば、社会に出てから自分へのPLUSがかなり大きく返ってくると思います。
常に前を見て、今できる最善策を打つ。
以前書いたGHCの人材教育についても、制度や風習の問題で難しいと結論して終わっていては何も始まらない。
一歩づつ、歩きださなければならない。
それから、明るい話をすれば、
西口さんやピーターさん、サイドバイサイドや笹川平和財団、カンボジアの国立病院など、多くの機関・人が関わって、今カンボジアに救急医療システムを構築しようとしています。
このシステムが(少なくとも国道4号線において)完成すれば、GHCは、
立地条件と価格コンセプト的にかなり重宝され、システムの要になりうる。
だから、GRAPHISの支援先はまだ制度的な面でも先が明るいのだから、なおさら挫折で終わることに何の意味もない。
スタディツアーで何を学ぶのか。
GRAPHISで何を学ぶのか。
そのことをもう一度
自分とGRAPHISに問いかけてみた、コンポンチャムからの帰り道でした。

GRAPHIS
会計 須永智成